酒が進むにつれ流星さまが気になってきたので、真っ暗な隣の部屋の窓を開けて夜空を見上げてみました。


これは高まるしかない。


空腹だった自分を叱咤したい気分です。


めちゃくちゃ美しい。素晴らしい。


しかし今やおなかいっぱいになったのでこの余裕が生まれたと言えば、もはやそれまで。


いやぁ、いいモン見れましたね!


先程のブログに書いた“願い事”の件。


これは寺社仏閣に関しても同様かと思うんですが、こういう事態に面した際に自分がどういった願望や目標を持っているかということを再認識するにはもってこいだと思うんですよ。


「家内安全」
「お金がほしい」
「彼女がほしい」
「試験に合格」


普段なにげなく思っていることかもしれませんが、こういう機会があることによって自分が今現在どうなりたいか、さらにはそうなるために努力を重ねなければいけないという決意表明を明確にあらわすことができる機会なんだと。


サンタさんにしてもそうなのかもしれません。


人間というのは欲深い生き物かもしれませんが、


願い事…別に


欲しいもの…無い


なんてのもまた寂しいじゃありませんか。


星に願いを込め、僕の今の願い&欲しいものは…


「焼酎のおかわりと明日二日酔いしない強い体」


いやいやいやいや!そんな願いはもったいない!


今夜は“ふたご座流星群”がくんかくんかhshsできる夜だとか。

幸い灯りの少ない田舎に住んでるものですから、いっちょ眺めてみようかと夕刻くらいまではwktkしてたんです。

しかし仕事が終わったらあまりにもおなかがすいてたもので、お好み焼きをさくっと買って音速で帰宅してしまいました…

ジェミニシューティングスタータソをすっかりてっきり忘れてしまいました。

人間というもの、空腹・睡眠不足・性的欲求不満という怪獣を抱えてしまうと、心や体に余裕を持つことが困難になるのでしょうか…

三大欲って素晴らしくも恐ろしいものですね。




ちなみに、
『流星が輝いてる間に願い事を三回唱えると願い事が叶う』
という素敵な伝説のほかに、
『流星を見たら三回つばを吐かないと不幸になる』
という台無しな話もあるようです。

思うに、昔から流れ星っていうのは“人の死”を連想させることもありますよね。
だから、『霊柩車見たら親指隠せ』的な感じなのだと。

けど誰かと一緒に夜景見に行って、

「あっ!流れ星や!ぺっぺっぺっ!」

とかする奴は粋じゃないですよね。




だからやっぱ星に願いを!ですね☆




そんな僕はおこたに潜りながらお好みをアテに焼酎を飲んでます。←星見る気なし

いやね、一旦ほっこりしてしまうと外出るのがおっくうでして。




今さらですが、僕はけっこうロマンチストですので。
そこんとこ誤解なきように。




「今」を一生懸命生きることが大切だと思うんです。

「過去」は償うことはできても変えることはできないし、「未来」は何が起こるかわからない。

しかしながら「過去」があるから「今」があるんだし、「未来」があることによって「今」の方向性が見出だせると思うんです。




しかし今夜、僕はすべてを否定するような過ちを犯してしまいました。




それは…

「ちゃんこ鍋に手元が狂ってにんにくを大量投入してしまう」

という愚行。

ちゃんこ鍋っていうのはもはや人生。

様々な具材からでるいろんなエキスを見事に融和させ、狙っては出来ない旨味を抽出。

〆には麺や米を投入し、すべての過去を堪能する。

流れとしては味覚的にも栄養的にも哲学的にも申し分ない冬のファンタジー。




しかし僕は酔った勢いで、おろしにんにくを凸してしまいました…




まぁ百歩譲って今喰らうぶんにはいいですよ・

しかしね、明日は冷やごはんをぶっこんで雑炊にするわけです。

これは過去を揉み消し、未来を消し去るというもはや“台無し”なんてレッテルを貼られる危険性もあるわけで。
「にんにく入れすぎ」という欲望に任せた愚行はすべての歴史をかきけしてしまう恐れがあるとは、素面であってもなかなか気づくことができなかったかもしれません…

しかしそれは単なる責任逃れ。

「にんにく入れすぎ」
「唐辛子入れすぎ」

ってのは悲劇を招いてしまう恐れがあるのを人類は気づいてないのではないでしょうか。




とりあえず僕には明日に雑炊を食べる義務があります。
これは権利ではありません。

昨今、権利ばかりを主張して義務を果たしていない風潮があると思います。

明日の昼、僕は義務を果たしつつも権利を主張したいと思います。




まぁ、たぶんめっちゃ旨いと思いますけど。ドヤァ