春の気配…って、いやいやいや!
まだ大寒も過ぎたばっかで、真冬もいいところですよね。
ただ、気温的には真冬そのものですが、ずいぶん日が長くなったのも確かです。
朝焼けが映える今日この頃です。

こういうの見ると、グラデーションすごくてどの部分もキレイで、何色っていうのかなー?とか思ったりすると、やっぱり「春はあけぼの」とか思い出したりします。
もしかしたら清少納言も、この時期のこんな空を見て、春はあけぼの言うてたんではないでしょうか。
まぁ、「あけぼの」って何だよ?古文よくわからんよ?
っていう人も多いでしょうが、実は平安の人にとっても「あけぼの」意味わからん!って感想が多いのではないでしょうか。
どうやら当時ほとんど使われていなかったみたいだし、清少納言あたりがヒットさせたNewワードではないかと。
そうすると、「春はあけぼの」のニュアンスとしては
「さみぃけど、グラデな空パネェわマジ卍」
っていう解釈はありそうです。
確かに、平安時代のメジャーな芸能と言えば和歌でしょうが、枕草子は違った切り口から芸能界を震撼させます。
現代で言うところの(というか何年か前で言うところの)、テレビこそメジャーとされていた時代にYouTuberが一気に市民権を得たような、そんな構図を感じさせます。
清少納言は和歌でも力を発揮しているので、いわばテレビにも出るYouTuber、まぁフワちゃん的な立ち位置だったかもしれません。
枕草子は敬語ほぼ使わんていうのも、何だかフワちゃんぽいですね。
さらに、「清少納言」の名前の意味って諸説あるようで、例えば
「当時の常識だと、親か夫かどっちか少納言の階級じゃなきゃ少納言って名乗らないのに、どっちも違うよ」
みたいなコト言われたりしますが…そもそも意味ってあるんでしょうかね?
「主に企業の代表者じゃなきゃ社長って言わないのに、はじめしゃちょーは社長なんだろうか」
って真面目に考える現代人いないですよね。
だとしたら清少納言だって、「Say!少納言」くらいのニュアンスの芸名かもしれないじゃないですか。
「あけぼの」だって、「あけbuono!」くらいのノリかもしれないじゃないですか。
清少納言がカツラ被ってたのだって、オシャレウィッグかもしれないじゃないですか。
要は、古典研究だって、権威とされるおじさまがた(具体な個人を指して批判するものではありません)の考察は肌感覚としてイケてない可能性が大いにあるということです。
当時の最先端な感覚を走ってたインフルエンサーの言ってることを、現代のインフルエンサーを違和感なく共感できない人に果たして理解できるのだろうかという素朴な疑問です。
(違和感なく共有できるタイプの研究者もたくさんいるというのはモチロンわかります)
ファッションもそうで、「十二単って暑いし重いし、さぞかし地獄だったろうね」っていうのも、確かにそうかもしれないけど重要なことではなかったかもしれません。
JKが真冬で生足でミニなの見て、「寒いのによくやるよ」って言うのは、主におっさん層か高齢層だけですよね。
実際は私のJK時代だって、上半身は超絶防寒してたしカイロは常に最低2個持ちで、足出すくらいそれでトントンだった。(←いや、お前にJK時代はない)
長々と書きましたけど、要は、ブルーベラーの朝は早いということです。
自転車乗りの朝は早いとも言われます。
朝早く起きても、こんなしょーもないことばかり妄想してニヤニヤしているということです。