これはよくない。一般の人が信じてしまっている。
国民審査制度そのものに無理があるのかもしれない。
人を審査できるほどに十分な素養を身につけていける、経験を積んでいける人間など全国民のうち数パーセント存在するかどうかというのがいいところだろう。
わたしが審査したというのではなくて、この人物の演出を信じた結果投票行動を誘発されたという人々が大勢でてくるだろう。
自分の眼力で審査できるようになるまでは、審査不能の状態であることを認めるということがごく通常の人々にとって重要なことだと思われます。
一般の人々の口から口へと伝染させていく手法、自分のかわりに一般の人の口をかりて、一般の人に筆を取らせて、思想を普及させていこうとする手法は、やりすぎると、宗教以外のなにものでもなくなってしまいます。
”副島隆彦(常葉学園大学教授)先生の読者たちが自主的に集まる同好会”とありますが
常葉学園という大学が責任を負える程度の話ではないということがすぐにわかるはずです