『茶色の朝』フランク・パヴロフ 著
これは全体主義に成り行く社会を、寓話的に書いたお話。
このお話では主人公の友人が犬が処分されたという会話から始まる。
処分理由は『茶色ではないから』
主人公は同じ理由で、過去に飼い猫を処分されている。
自由主義の新聞が廃刊される。
茶色色の思想が広まる。。いや、それしか選択できないようになる。
なぜ茶色なのか?
政府や科学者がいうには茶色が丈夫、だとかなんとか。。釈然としない。
でも、茶色運動はエスカレートしていき、遂には「過去に茶色以外の犬を飼っていた」、「親兄弟が茶色以外の猫を飼っていた」という理由で逮捕されていく。
最後は主人公も「過去に茶色の犬を飼っていた」という理由で逮捕される。
「誰かがドアをたたいている。
こんな朝早くなんて初めてだ。
…
陽はまだ昇っていない。
外は茶色。
そんなに強くたたくのはやめてくれ。
いま行くから。」
ここで言う今行くから、というのは物理的な面と、心理的な面があると思う。
自らも茶色思想にゆくと。
これは、この状況は今のコロナ禍における警鐘ではないだろうか?私にはそう思えて、響くものがあった。
ここで正直にいう。
コロナウィルスは実際にそんなに恐ろしいものなのか??
致死率の高い地域ではそうかもしれないけど、日本などアジア圏では果たしてそうなのだろうか?
私は当初からこのコロナウィルスの怖がり方は異常で、
もしインフル並みの感染率で、ペスト並みの強毒性と致死率を合わせ持っていたら、妥当だと思っていた。
(人にいうと、それぞれ反応は違うけれど、ルールを遵守する真面目な人ほど、白い目で見られる。)
ウィルスは宿主(人間や動物)を殺してしまったら、増殖ができないので、感染率と毒性は反比例するとなにかで読んだ。
ちなみに、インフルの発生の元とされる水鳥は、今ではインフルに感染しても症状がでないそうだ。(ライフサイエンス参照)
コロナが変異して、感染率があがれば、その分発症率は下がると感染症の先生がコメントしていた。
N501y、陽性の話をちらほら聞くけど、無症状で。。というパターンが多い。高齢者も無症状とのこと。
私の聞いた限りだから、分母が小さいけれど、
毎日毎日1000人以上の陽性者がでているのに、それにしては重症率は??と感じる。
(もちろん!!重症者、苦しむ人は出ないほうがいい!)
若い人が外に出歩いて、感染を拡大させているとか政治家はいうけれど、
きっと、若い人もコロナの怖さが肌で感じていたら、わざわざ出歩かないと思う。。。
これは「茶色の朝」だと思う。
コロナ恐怖は理不尽だ。なにか釈然としない。
人間は集団的な生き物だから、集団から外れたら生きていられなくなる。
だから、深く科学的に考えないで、この異常な集団コロナ恐怖を右に習えで染まっているだけではないだろうかと思う。
そんな中、レジスタンスを持ち続けるのは大変だ。自身がしんどい。でも、自分を偽って、皆に染まることももはやできない。
染まるふうには見せかけても。。
最後の一文がつき刺さる。
https://books.rakuten.co.jp/rb/1623958/