こんばんは!椿凜桜です✨
自分自身、忘れないためにも書かせていただきたいと思います。
4月14日21時26分。
熊本県益城町震源の地震が発生しました。
こたつでうとうとしていた時、
ケータイのサイレンが鳴りました。
これが来た時とっさに2つのことを思いました。
熊本県、、、
・熊本市には弟が住んでいる。大丈夫か
・この辺はどのくらい揺れるのか
3秒後くらいたつと小刻みな揺れが始まり、次第に激しい揺れになりました。
すぐにNHKをつけると、弟の住む熊本市は震度6強。阿蘇まで車で20分の実家では5弱、わたしの住む福岡市は4。
わたしのアパートは近くにトラックが通っただけで揺れるようなアパートです。とても揺れた気がしました。怖かったです。
揺れが止まったと同時に
すぐに母に電話しました。画面には「通話中」弟と電話をしているのだと察しました。
そこで父に電話をしました。すると回線がパンクしており、繋がりませんでした。
前に新聞で「緊急時にはLINE通話がつながる」と読んだことを思い出し、父にLINE通話をしました。
繋がったのですが声が聞こえません。つながったということは父母は大丈夫だろう。
弟は?と思い次は弟にLINE通話しました。案の定繋がりません。
そうこうしていると父から電話がかかってきました。「大丈夫。弟も大丈夫」その声に安心しました。
でも、びくびくしながらテレビを見ていると何度も何度も緊急地震速報。その音が怖くて、一夜を友達と過ごしました。一睡もできませんでした。
15日。普通の朝でした。そして普通の日でした。ニュースでは強い余震が1週間程度続く可能性がある。と言っていましたが、「もう大丈夫でしょ!」こう思ってました。
15日夜、父から電話がかかってきました。「もう大丈夫そうやね~」こう話しました。
ベッドでうとうとしていたときです。
16日1時25分 ケータイのサイレンが鳴りました。ほぼ同時に前の地震より強く長く揺れました。とっさに布団に潜りました。
揺れが収まり、すぐにテレビをつけると、阿蘇地方で強い地震。
熊本市6強、実家6弱、福岡5弱。
この地震でわたしの部屋はたかいところに置いていたぬいぐるみ、雑貨が落ちてきました。また
わたしのアパートの被害はこのくらいです。
すぐに母から電話がきました。
「停電して状況がわからない。テレビの情報教えて」
わかる限りのことを伝えました。
実家の被害は食器棚から食器が落ち、散乱。私と弟の部屋の本棚が倒れ、本が散乱。
とのことです。
昨日より多く緊急地震速報とケータイのサイレンが鳴りつづけ、また友達とすごしました。たまにくる強い揺れ。こわかったです。
Twitterには「3時に福岡に震度7がくる」というデマが流れ、こういう状況下、不安が増しました。
熊本にいる弟は15日昼、強い揺れが収まっていたので、友達といつものように遊び、前日ねれなかったのでいつもより早く寝ていたところだったといいます。
電話越しですが、気が動転しているようでした。
消防団の父は被害の状況を確認のためパトロール。母は家に1人でした。母もまた気が動転しているようでした。
テレビに映る大学生が住むアパートが潰れている様子には胸が痛かったです。
私もねれない夜。早く朝になれ。そう思っていました。やっとうとうとしだした朝7時。また緊急地震速報で目が覚めました。今度は大分が震源です。
正直疲れたし、福岡の私でも気を張ってないとどうかなりそうな状況でした。
・油断しないこと
・日頃から備えておくこと
・近隣の人との関係構築
これが大切です。
弟は実家に帰りました。でもまだ実家は断水したままのようです。
昨日夜。私も家族もやっとゆっくり寝れました。友達もやっとゆっくり寝れる夜だったそうです。
このブログを書いている時も緊急地震速報がなりました。いつ何があっていいように準備したリュックはそのままにしておこうと思います。
今私が思うことは、日頃から準備をしておくこと。これが一番です。
例えば今、国や、県がもっている物資を熊本や大分に持って行ってなくなったとします。その状況で別の場所で災害が起こったとしたら、、、
ただのネットアイドルの分際で言うことじゃないですが、、、、
九州はあまり大きな地震がある場所ではないのでちょっと人ごとに思ってました。でもこれじゃあだめですね。
いつどこで起こるかわからない災害。いざという時自分を守るのは自分だと学びました。
Pray for Kumamoto,Oita