母と一緒に暮らす事が苦痛。

仕事も苦痛。

こんな毎日から逃げたい。

そんな逃げの気持ちから当時知り合って3ヶ月の8歳年上の彼と結婚。

それが23歳。

 

この「逃げ」でしかない結婚は結局

母と同じ事をしていた。

 

23歳、世の中の事もよく知らないうえに、仲の悪い夫婦から育った私は当然夫婦関係を上手く築くことは出来なかった。


今となっては

夫のおかげで幸せ。ありがとう。
と言葉にして伝えることの大切さや、
自分の機嫌は自分でとり、自分が笑顔でいることに全力を注ぐことの大切さ。
夫の言葉や態度で納得のいかないことはきちんと伝える事の大切さを学び、実行する努力をしてきた。


しかし、当時の私は、母のしてきたように、自分の機嫌を人に依存し、フキハラをしては逆に夫に怒られる。しかし、自分の気持ちを言葉にして伝えるという事をほぼ経験してこなかった為に、結局は夫から言われっぱなしで私が謝る。


さらに、『夫をたてる』と言うのは『夫の言われた通りにする』という大きな勘違いをし、実行する。

それを繰り返すうちに、言葉のDV、モラハラ夫を作り上げてしまった。


17年間の結婚生活、もともと躁鬱病を患っていた元夫。病気、世間、結婚生活、社会、親子関係、全てにおいて無知すぎた私。


何よりも1番恐ろしいのは、何故か

私がこの病気を治せる。

私の考えこそが1番正しい。

私は何でもできる。

と本気で思っていた。

本気で。


いや、本当に穴があったら入りたいレベルの恥ずかしさどころじゃない。

怖い。としか言いようの無いレベルだ。


無知が試行錯誤をしても当然上手くいく訳もなく、モラハラに耐える年月だけがどんどん過ぎていく。

電話が鳴ると『警察から、夫が事故で死んだという連絡かも!』なんて期待するくらい、毎日夫の死を願う日々。

遺言には『同じお墓には入れないでください』と書こうと決めていた。

離婚なんて、死ぬまでできないと諦めていた。


しかし、人生とは不思議なもので、これ以上にスムーズに離婚の話が進む事ってないのでは?

と思うほどの完璧なステージが用意されていた。