司法試験に対する一般のイメージの多くは、六法全書を出来るだけ暗記する試験というものである。

現に、司法試験を受験するというと、「六法全書全部おぼえるんでしょ?大変だね~」などと言われた経験のある受験生は多いだろう。

司法試験受験生でなくとも、法学部生や法律学の講義を受講した学生であれば、実際に講義を聴いたり、試験を受ければ、そのような一般的イメージは誤りであるとすぐに気づく。

憲法ならまだしも1044条もある民法の条文を一言一句全て暗記するなんて不可能であり、第一、六法「全書」なんて誰も持っていない。

 

もっとも、司法試験において暗記が不要だと思っている受験生はほとんどいない。

多くの受験生が、学習の初期段階から、「論証パターン」と呼ばれる判例や通説における法解釈を簡略化(といっても非常に長い文章となるものもあるが)した文章を記憶している。

そのため、司法試験における暗記については、多くの場合において、「論証パターン」の文言をその対象としている。

 

結論からいうと、多くの受験生が行っている「論証パターン」を記憶するための勉強は、司法試験との関係では効率的な勉強とはいえない。

 

これは司法試験の問題及び受験生の再現答案をみればすぐに分かる。

現実の答案において、いわゆる「論証パターン」が登場する場面は極めて少なく、せいぜい3~4行、多くて7行程度(行政法における原告適格など)である。

この程度の文章であれば、わざわざ「論証パターン」の暗記をするまでもなく、問題を解く中で、核となる部分についてのみ覚えれば足りる。

 

そもそも、「論証パターン」なるものについて、それ自体が独立した法規範であると捉えている学生も多いが、「論証パターン」の殆どは、ある条文の特定の文言の解釈にすぎない。

つまり、単にAという条文の文言をBという言葉(いわゆる規範)に置き換えたものに過ぎない。

そのため、「論証パターン」なるものを一言一句正確に覚える必要は一切なく、Aという文言の射程を基礎づけるBという言葉をなんとな~く答案上表現できるようになれば、司法試験の答案としては十分である。

 

司法試験や予備試験の問題を解いたことのない学部生などは意外に思われるかもしれないが、司法試験において、「論証パターン」の暗記が不十分であったがために不合格になった受験生はおそらく存在しない。

司法試験における答案は、①当該事案において適用すべき条文の選択、②その条文の文言への事実のあてはめ(広義のあてはめ)によって構成される。

「論証パターン」が登場することになるのは、②における例外的な場合、すなわち条文の文言と問題文の事実が一義的に対応しない場合に限られ、仮にその場合に、「論証パターン」を暗記していなかったとしても、対象となる文言に日本語として対応している問題分の事実をあてはめる(このような訓練をすることこそが重要となる)ことが出来れば致命的な失点にはならない。

また、司法試験で出題される問題には、そもそも①の段階で合否を分けることになることも多い。

そのため、司法試験において、暗記が不十分であったがために不合格となることは通常考えられない。

 

司法試験における受験指導において、「論証は事案に応じて長くしたり、短くしたり出来るようにならなければならない」などの指導がなされているのを(特にロースクールの教員を中心として)見かけることがある。

上記のような指導は、一行問題の出題可能性が存在し、問題文の事情と答案に表現すべき事情の比率が1対1以下となるような旧司法試験においては、答案において法解釈部分(=「論証パターン」)の占める割合が大きかったことから、一定程度の有用性があったのかもしれない。

もっとも、少なくとも現在の新司法試験においては、論証は可能な限り短くして、適示する事実の量や評価によって加点を狙うという方法が一般的となっている。

そのため、論証を「短く」する能力は必要であっても、あえて「長く」する能力は不要となっていると考えるべきである。

 

では、司法試験において、暗記は不要なのか?

 

否、司法試験においても一定程度の暗記は必要となる。

どの科目においても、最低限記憶しなければならない定義や法解釈というものは存在する。

また、司法試験も「試験」である以上、一切の暗記が不要となることはない。

 

問題は、多くの受験生が暗記を過度に「手段化」していることにある。

上記の通り、司法試験の現場においては、一定の精度で、最低限の定義や法解釈を答案上に表現しなければならず、その限りにおいて暗記が必要となってくる。

もっとも、必要最低限の暗記が出来ていることは、あくまで「結果」にすぎず、それらの定義等を記憶することを「手段」とするべきではない。

問題演習を通じて、答案作成に必要となる最低限の事項のみを記憶(といっても無理に覚えようとする必要はない)し、自分の言葉で表現出来るように訓練することが理想である。

そのような訓練の結果として、本番の試験会場において、必要最低限の暗記が出来ているという状態に辿り着いていれば良い。

 

このような感覚というのは、学習の初期の段階で実感するのは極めて難しい。

そのため、多くの受験指導者は、「わからなくても良いから、とりあえず問題を解いてみろ」とか「再現答案を写経して、処理手順を学べ」などといった指導をせざるを得ないのだ。

 

以上