ピンポーン。

玄関のインターホンが鳴ると、カチャリと音がして鍵が開いた。
それだけ。声ひとつない。姿も見えない。気配すら空虚。

姿を現したのは、一日中家でゴロついていた夫。
私と娘は朝から出かけていて、昼食は私が用意したものを、当然のように、しっかり、きっちり完食していたらしい。
そう、皿を洗う気配など皆無の“完食”。

帰宅した娘がインターホンを押すと、夫は無言で鍵を開けて、顔も合わせず、リビングへ。
その背中は言葉より雄弁にこう語っていた――
「お前らの存在、まじで視界に入れたくない」。

そして極めつけは、後ろ手で“ス…ッ”とリビングのドアを閉めるその仕草。
無言の排除。哀しきマイホーム版セキュリティシステム。

いや、出ていけよ? なんで“お前が”家にいる前提なんだよ?
その背中が語る不機嫌を一生懸命察するほど、私たちヒマじゃないし。ていうか、私たち、今日1ミリもあなたに邪魔されずにめちゃくちゃ楽しかったですけどね!

そう、今日は――楽しかった!心の底から!

娘と電車に揺られて出かけた先は、春の光に包まれたピクニック。
シートを広げて、お弁当を開けて、娘と友達が笑って走って転がって、私は木陰でその姿を見守りながら、幸せが心に満ちていくのを感じていた。

「ママ、これ見て!」と何度も見せてくれる満面の笑顔。
ああ、これが母の報酬だ、と思う。

さらに夜、合宿中の息子がゴールを決めたと動画をもらう!!!
ええ!?うちの息子が!?自らゴール!?
仲間とハイタッチし、得意げに笑っている。

そう、夫が背中で語ろうがドアで拒もうが、私の世界は温かくて明るい。
愛想もなく気配だけの男と、目の前で「ママ、ママ」と笑ってくれる命たち。
どちらが人生の宝かなんて、比べるまでもない。