私が実家を出ると決めたのは大学生の頃。
両親に悩む生活に限界が来ていた。
バイト代はほとんどニキビ治療に費やしたので、一人暮らし費用は親を頼るしかなかった。
当然、理由を聞かれたが「あんたらが苦しいから」とは言えず。適当にありきたりな理由を言ったら
「おまえが自立できると思ってるのか」
確かに、家事は母に任せきりだったし私は母が旅行に行ってる時しか家事をしたことが無かった。
というのも、家事に手を出すと母に怒られるからできなかった。
だから、家事できないだろうと指摘されたのだろう。だけども、一人暮らしする時って大体の人はそういうもんじゃないの?むしろ、自立してできる事が増えていくんじゃないの?
こうした自分の前向きな意志を表すと、毎回両親は決まった文句を言う。
「おまえにできると思ってるの?」
どうして、毎回毎回ネガティブな気持ちにさせるのだろうか。応援や励ましは皆無。むしろ不安にさせる言葉ばかり。
そして"親"という魔力のせいか、妙に説得力を感じて従ってしまう。結果、前向きだった気持ちは一瞬にして萎えて、先行きの不安と希望を口に出した後悔だけが積み重なる。
でも、これは甘えだ。
一人暮らしするのに親を頼らなければいい。つまり、全額自費で賄えばいい。
確実に学生時代と違う。社会人となった私には、バイトとは違い経済的に自立できる余裕がある。
だから、社会人一年目はひたすら貯金をし、2年目になって念願の一人暮らしを叶えられた。
携帯電話や通帳など諸々の契約も個人名義に変えて、私は実家の家計から絶縁した。
私がニキビで皮膚科に行けなかったのも、中々携帯電話を持たせてもらえなかったのも、お洒落できなかったのも、習い事や進学を指導されたのも。
私自身に経済力がなく、当然決定権の強さは経済的支配者の両親だったから。
でも今は自立する程の経済力がある。私だけの帰る家がある。両親を頼らずとも生きていける。
本当なら、何か仕事や私生活の悩みがある時に近しい存在の人…両親に悩みを話してアドバイス聞けたらな…と思うけれど。
酷い言葉を吐いてしまうけれど。
私にとって両親は愛もなければ涙もない、ただの金の援助者だ。それ以上の関わりはむしろ無くていい。
こんなこと、将来の我が子に言われたら立ち直れない。私は、自分の子供に同じような思いはさせたくない。のびのびと自由に育って幸せになってほしい。
こうした過去を思い出すことで痛みを自覚していくことが、現在ADHD(衝動性発達障害)を発症している私が幸せを感じることに何かしらプラスになってくれるはず。