私には子供がいるのだけれど、その子を育てるにあたり、目標が二点ある
一点目は、自分に似ていない子に育てる
自分の事があんまり好きじゃないからね
二点目は、他人から自分の子に対して、このように扱ってほしいと思うのと同じように自分の子を扱う
子供は、普段親にされている事の全てが、基本になるから
強く二点目を意識するようになったのは、結婚して実家を出て、その後転勤でさらに距離も親から離れてからなので、すでに手遅れ感も漂っていた時期になるけど、親にされていたように親が他人にしていたように、私が他人に接していたら、かなり多くの人に嫌われてるなぁーと実感したから
その後、じっくりと振るまいについて考えたら、自分の子供時代が憐れで惨めになった
親からの愛情を疑ったことはないし、幸せだったけれど、親にも常識が欠けていたんだなぁ…と気付き、親もそれで苦労したんだろうけど、その事について考えたことがなかったんだろうな~とか、解らないことに気付くのってものすごく困難なんだな~と思った
結婚相手はなんとなく家族の雰囲気が自分の家族と似ているけれど、家族や友人からすると私程度の学歴の人にしては高学歴過ぎ、高収入の人だという感想を持つ人なので、必然的に育った環境よりも結婚後に付き合いの発生した人達は育ちの良い人が多くて、自分も感じているけど周りも違和感を感じているんだろうなぁ…という環境
当然馴染めない
こういうのって、上にいる人から見れば物凄く違うし、とても仲良くしたくないんだろうけど、下から見るとその違いが解りにくい
人間関係だけではなくて、スポーツにしても勉強にしても何にしても、できる人はできない人と自分との違いはよく判るけれど、できない人はできる人との違いが判りにくいものだと思う
解ったつもりでいる人は、解らないと自覚している人より嫌われる
あと、親がマイナス思考で常に子供の夢見るような発言を潰しながら育てられた私は自然と他人にたいしても批判的な人だったと思う
父親の「どうせ~」という言い方や声の調子があまりにも簡単に脳裏に浮かぶ
仲良くなるのはいつも、会ってるときは良いけど、家に帰るとモヤモヤが残るような人ばかり
…お互い様なんだろうけど
自分の子供の話を聞くときにも、心して共感しながら聞かないと
「でもさぁー」とか「だってさぁ~」とか言ってしまいそうになる
子供の楽しかったことの話なんて
「へぇー、すごいじゃん!」とか「良かったねー」で良いんだよねと思って過ごしている内に、ある日気付いてしまった
私のちょっと嬉しい出来事を、夫に話すと必ず冗談のつもりで
「◯◯だったりして~」
と、話を繋いでくるんだけど、ほぼ幸せな気持ちに水を差す発言になる
ああ、だからこの人友達が少ないんだ!と思いつつ今まで気付けなかった私は、親にされていることとの差を感じないからそれが普通で、今の今まで気付けなかったんだ!となんとも言えない気持ちに…
相手の不愉快な振るまいに気付けなかったということは、私も同じように不愉快な振る舞いをしていたということだな
ああ、今日から更に気をつけて子供に接して、少しでも私に似ていない子にしなくちゃな…と改めて決意した誕生日の朝でした