あれから、四十九日がたちました。
わさんから、『浄土真宗では亡くなってすぐに浄土に行かれるので、霊がさ迷ったりすることはありません。四十九日は亡くなった方ではなくて、見送った側が真剣に考えるための時とすることなのです。』
と教えてもらいました。
この日数は、ホントに自分自身、真剣に考えた、
というか、想いを馳せた日々でした。
何というか、
「生前、なんでもっと連絡しとかんかったんやろー」
とか、
「多摩で色々話したこと、結局、達成できんままやったなぁ」
とか、
ホントに折に触れては、思い出してる日々でした。
その間、色々な人が励ましのメッセージや連絡をくれました。
それこそ、予期しない方からも嬉しい励ましのメッセージをもらいました。
ホントにありがとうございます。
この前、四十九日の法要があったって聞いた後、すぐにへいさんに、夢で会えました。
それまで「夢でいいから、会いに来て」って思ってたんだけど、もしかして、自分でそう決めてたのかも?と思いました。
ここで、前に向くために、ここで、今の想いを残しておきたいと思います。
てっちゃんの時、忘れないためとか、また、思い出すきっかけ、供養、そんな、いろんな意味を込めて、石のブレスレット?を買いました。
今回、通夜からこっちに戻ってきてから、すぐにまた、石のブレスレットを買いました。
なんだろ、、、
てっちゃんの時もそうだったと思うけど、
気持ちを切り替えるというより、全て、自分の中に飲み込んでいきたいという想いからです。
多分、自分の中で、これは『仏壇』のかわりなのかなと思ってます。
絶対に忘れることはないし、
多分これからも、折に触れては思い出すけど、
そのトリガーだと考えてます。
今日は、この前近所のスーパーで見つけて買った
へいさんの好きだった「カルアミルク」で献杯しました。
若い頃、何度か呑んだけど、甘いね〜)^o^(
これから、また、前向いていくという乾杯でした。
最後に、てっちゃんの時にやまが、
ブログに載せてた、Mr.Childrenの『花の匂い』
色々な時に聴いてたけど、今回、さんざん車の中で聴いては、涙を流してました。
歌詞に、すごく共感します。
届けたい 届けたい
届くはずのない声だとしても
あなたに届けたい
「ありがとう」「さよなら」
言葉では言い尽くせないけど
この胸に溢れてる
花の匂いに導かれて
淡い木漏れ日に手を伸ばしたら
その温もりに
あなたが手を繋いでいてくれているような気がした
信じたい 信じたい
人の心にあるあたたかな奇跡を信じたい
信じたい 信じたい
誰の命もまた誰かを輝かす為の光
“永遠のさよなら”をしても
あなたの呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ微笑で
あなたはきっとまた会いに来てくれる
どんな悲劇に埋もれた場所にでも
幸せの種は必ず植わってる
こぼれ落ちた涙が如雨露一杯になったら
その種に水を撒こう
人恋しさをメロディーにした
口笛を風が運んでいったら
遠いどこかで
あなたがその目を細めて聞いている
“本当のさよなら”をしても
温かい呼吸が私には聞こえてる
別の姿で 同じ愛眼差しで
あなたはきっとまた会いに来てくれる

