ドイツ主婦の回顧録 -7ページ目

ドイツ主婦の回顧録

好奇心が赴くままに生きて今に至る話


ご無沙汰致しました~。




家族が代わる代わる病気になり

子供達が家にいることも多く


息子に限っては
コロナ後から免疫力の低下で
病気を拾いやすく

有酸素運動の激しいスポーツもお預け。

激しいスポーツをすると
呼吸が浅くなり
発熱と全身激痛。。


もう看病している方の心が
ポキポキと折れて
ここ数ヶ月で2,3年年取った!?


息子の方が落ち着いていて
長く学校に行けなくても
気丈に振る舞い文句も言わない。


それを見て私は、、、
と、また凹む日々。



親になるってこんなに
心配が増えることなんですねえ。。



同時期に100歳の祖母が
ほぼ食べれず水分補給の点滴を
していると。


身内が訪ねてビデオを回し、
そこに映った祖母が
私の名前を呼ぶ。


誰が来たか虚ろににしか
分からない祖母が身内に

○○か?


と私の名前を出して聞く。。



私はおばあちゃんっ子で
晩婚だったため
遠くにいる祖母を何度も
一人で訪ねていた。



もう号泣しながらビデオを見ていた。


そして旦那からもオファーがあり
突発で日本帰国を決めた。




日本に4年帰れていなかった
私の心はボロボロだった。。



特に好きでもない国 (嫌いに近い、笑)
好きでもない国民性大多数と
接していて疲れて果てていた。



旦那もこじらせ系で
やっかいな性格のため、


もう子供達と何処かへ行ってしまいたい


と本気で思っていた。



ドイツ人のメンタルが
合わなさ過ぎて、

ドイツ人と嫌なことがあり過ぎて

もう限界と



かかりつけ医に駆け込んだ。



彼女はポルトガル人で


泣きながら濁流のように出てくる
私のドイツとドイツ人に対する不平不満を
優しく聞いてくれた。



鬱になる前になんとかしたい


と言ったら



もう来てるよね~。



と、外的要因の鬱病と診断された。









何はともあれ
今は日本で超ハッピー〜!




長くなるので
次に続きます。。。