歌の批判ではなく。
私は、貴方のためなら死ねる、という発想は嫌いです。
苦手ではなく、嫌いです。
私は、貴方のために生きたい。
私は、私のためというなら、やっぱり、生きていて欲しい。
と思う。
勿論、共に生きたい、と切望しながら叶わないこともあるわけで。
無念だっただろうことを思うと、余計に、一緒に生きたい、と思う。
私も、3人の子どもがいるから、子どもを助けるために自分の身がどうなっても・・・、という感情も理解できる。
どうしてこういう話題かというと。
頻繁にかかる、あのコマーシャルで流れる歌から、真ん中の、今年年長になる子に、「死」ということについて、私なりに話してみました。
だから、「死ぬ」「死ね」「殺す」っていう言葉が嫌いで、例えおもちゃでも、剣や銃を人に向けるのが嫌い、ということを話しました。
もう近くにいることができなくなること。
歌ったり笑ったり話したり泣いたり怒ったり、
食べたり飲んだり、
抱きしめたり、キスしたり、
そういうことができなくなること。
お別れをして、燃やして、土に埋めること。
悲しむ人がいること。
淋しいこと。
悲しいけど、だんだんと忘れてくること。
だから、生きているときは、仲良くしないといけないこと。
悲しくなる言葉を言わないこと。
涙ぐんで聞いていたから、5歳児なりに理解してくれたかな。
私も、子ども達や夫のために、生きていたい。
いつか、別れる日がくるけど。
それまでは、仲良く、穏やかに暮らしたい。
笑って、一緒にいたい。
たくさんの楽しいことを共有したい。
私がこの世を去るとき、「幸せだったよ、楽しかったよ」と言えて、「楽しかったね、幸せだったね」って言って貰えるようになりたい。
寿命を全うできたらいいな、と思います。
平和な世の中でありますように。
ちょっと、というか、かなり。
気分が乗らない、というか、もやもやもんもん、というか。
ぐだぐだのぐずぐずのずぶずぶのところに、気持ちの上昇する荷物が届きました。
その記事については、後程。(その記事を書いたら、これは消します)
誕生日なんて、夫と子ども達しか「おめでとう」って言ってくれない。
メールなんて、メルマガしか「おめでとう」なんてこない。
って、ちょっとやさぐれていたので、かなり気持ちが浮上しました。
本当に、ありがとう。
私の昔からの友だちは、ドライな人が多くて、普段も、年に数回のメールと年賀状くらいのお付き合いです。
長野に来てからの友だちって、友だちというよりも、子どものママ友だから、用事のあるとき以外の連絡ってしてません。
ご近所付き合いも、割とさらっとしてます。
そもそも、親や弟との関係もドライなので、人と深く付き合う、というのが、正直、よく分かりません。
ここ数年、同級生の友だち数人以外に、大切にしたい友だちができました。
知り合ったのはブログだけど、そういう人たちに出会えたことは、とても嬉しくてありがたいことです。
まとまらないので、この辺で。







