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どうも不愉快な発想であり思考である。

あの原発批判の神様「小出」氏がラジオ番組で語ったことになんとも不気味なものを感じるのです。


2011年9月14日(水)、MBS(毎日放送)ラジオの「たね蒔きジャーナル」に、小出裕章氏(京大原子炉実験所助教)が出演し、次のようなことを語った。


「私は、えー、こうなった以上はしかたがないので、責任のある人たち、責任の重さに応じて、汚染した食べ物を食べるような仕組みを作らなければいけない、ということを言ってきました。で、まあ、責任のある人といえば、もちろん東京電力の人とかですね、国のお役人、原子力委員会、原子力安全委員会の学者たち等々含めて、今回の事故に責任のある人はたくさんいるわけですから。そういう人にはまず猛烈な汚染食品を受け持っていただきたいと思うし。えー、この事故を、まあ、許して来た、というか原子力をここまで、見逃してきた、日本人の大人というものもそれなりの責任があると思いますので、大人の人は甘んじて大人の人は汚染食品を受け入れてくださいと私は言ってきたのです。」


いったいこの人は何を考えているのか?

わたしはたしかに東電の幹部や官僚、政治家たちを八つ裂きにしたいくらい怒っている。

しかし責任の重さに応じて汚染した食物を食べろなんて毛ほども思わない。ましてそんな「責任の重さ」を比較するようなシステムなんて冗談じゃない。

狂人のたわごとだ。


>放射能まみれにしたのは大人の責任だから大人が食べるべきだ。


こういう考え方が、いかに、どうしょうもなく無意味で愚劣であるか、冷静に自分が何を言っているか考えるべきだ。
まず放射能まみれにしたのは東電であり、原発政策を推し進めた官僚であり財界である。
もっといえば地元の誘致勢力であり、それを容認した地元の人たちでもある。
かれらは自分たちの子供を犠牲にしてまでカネを選んだ。
それを「大人」などという漠然とした対象に責任を負わせるなんて東電や官僚が大喜びするだろう。

そもそも多くの問題はカネの問題なんだ。
原発の安全性というが実は安全性を高めることは簡単。カネだよ。カネ。いまの建設費の2倍にしただけで飛躍的に安全性は向上する。
10倍にすれば、まず、よほどのことがないかぎり安全性は完璧に近くなる。
しかし建設費を10倍にすれば採算がとれない。
そこで建設費をぎりぎりまで削る。削ったものが今の全国にある原発だ。

責任は「大人」などという漠然としたものにあるのではない。
わたしたちは議員や政府を信用して、政府を信託する。その信が悪いのではない。
裏切った人たちが悪いのだ。
もちろん国民も信用しすぎたきらいはある。しかしそれは「責任」にまでいたるようなものではないし、
放射能に被爆しろなんていうことをいえるものではない。

わたしは基本的に最大の責任者である東電、官僚、政治家たちでも「放射能に被爆しろ」なんていえない。
そんなバカな思想は「優生」思想といって人殺しの思想なんだ。

東大や京大あたりのてめえはえらいと思い込んでいる秀才におおい誤謬だ。
どんな悪人でも「責任」のなの下に殺していいわけじゃない。

子供には責任があるとかないとか、そういう議論は無意味なんだよ。