丁度なの?
中国での購買では1斤(500g)でいくら?ってのがおおい、
ゆえに、計ったのが丁度500gになることは稀なので、
値段は半端な数字になるのが当たり前なのだ、
これを踏まえてなのだが、
たまにふしぎなことがある、
昨日の晩、これを食べた
出前を頼みました、
水煮活鱼といい、めちゃめちゃ辛い料理である、
これは、中に入る魚の大きさ=重さで
値段が決まる料理です。
妻:いくら?
店:80元です、
妻:高!3斤ぐらいでっていったでしょ、
どうなってるの?
店:3斤ぐらいのがなくて、4斤ちょっとのしかなかったの・・・
妻:しかし、80元丁度って・・・・
店:ハイ、丁度です
しかし、80元丁度ってなかなかの確率ですよ、
しかも、注文していたより多しね、
大体、いっつも頼んでたのより、
1斤ぐらい大目にくるんだよね、
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厦門海沧青礁慈済宫
アモイ近郊の観光地をご紹介
厦門海沧青礁慈済宫
ここは保生大帝を祭っております
保生大帝(979‐1036) 姓を呉 名は夲
また呉真人、呉真君、花轎公などの尊称もあります。
福建省の泉州府同安県白礁郷人で、幼少の頃から聡明で、
多くの書物を広く読み、一度読んだら忘れない秀才であった
特に医術に優れており、17歳で奇異な人に導かれ西王母に
謁見することができ、妖魔を退治する術を授かりました。
24歳で科挙に合格し、御史職に任ぜられる
辞職し隠居すると、白礁大雁山で修行しました。
彼は一生菜食で結婚せず、医者として世の人々を救いました。
宋の仁宗景佑3年(1036) 5月2日、修行が終わり、
鶴の迎えが来て、同郷の人がひざまずいて見送るもと、
昼間昇天しました。享年58歳でした。
大帝は生前、点龍眼、医虎喉(龍の目に薬をさし、
虎の喉の痛みを癒し)などの伝説をのこしております。
昇天した後も伝説があり、神としての痕跡が何度も現れ、
国を守り民心を安定させました。
宋高宗は太子の時、金朝に人質にとられていましたが、
大帝が霊験を現し、護衛されて中原に帰ることができました。
高宗が即位した後、詔書を発して廟を立て、大道真人の名を与えました。
明の成祖帝の文皇后が乳の病いを患い、薬石効がなく、
侍医は手の施しようがありませんでした。
大帝は道士の姿で現れると絹糸で脈をはかり、
皇后の病気を完全に治しました。成祖は金を贈りましたが、
大帝は断って鶴に乗って去りました。成祖は大帝に感謝し、
「昊天闕御史慈済医霊妙道真君万寿無極保生大帝」という名を与えました。
ということで中に入ってみましょう
大きな門をくぐると
811段もある階段がでてくる。
おお、すごい階段だ、上のほうは遥か彼方・・・
高低差は約127mあり、傾斜は最大で28度もあります。
場所により、角度が違い、28度のところは
ちょっと怖いです。
ミロクがんばっております、
妻より登るペースは速いです。
運動不足の妻はかなりしんどそうです
上からの眺めは爽快です
上には 保生大帝の大きな像があります!!
場所は海沧にあります。
バスでは、アモイ島内から海沧石塘までいき
831号または801号のバスに乗り
東宮駅でおりたら到着します
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