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ドイツのブログ

私が、博士号を取り、子供と同居し、芸能人になるまでを描きます。

自己拡大を求める現代の宗教家は、愛も説くが、政治も説く、そして、何より自らを拝ませる。(大川隆法である。)
 
 
自己拡大をあまり求めない宗教家は、自らを拝ませず、愛のみを説く。しかし、大川隆法の厳しい仕事などは、しておらず、講演会とブログなど、あまりハードでない。阿部敏郎、雲コクサイ、「いまここ塾」系の悟りに至れる宗教だが、そこにあるのは、便利な生活、経済的発展の無視だ。もうひとつ有名な伊勢白山道だが、愛や日本的謙譲の精神は、説く。イザワの宮という日本神道の聖地を総本山のようにしている。リーマン先生は、苦労人で仕事をしながら、ブログや本で人を日本を導いている。自らは、もちろん拝ませず、その家々の先祖と神道の神を拝ませる。儀式形式を決めてある伊勢白山道にあるのは、少しのリーマン先生の自己拡大と日本の発展と世界の平和だ。私が、言いたいのは、儀式形式あるいは、自らを拝ませるなどの宗教は、世の中の発展と教祖の自己拡大欲と、教祖に体力があり、鍛えていて、厳しい仕事もしている点だ。悟りと愛のみの宗教にあるのは、東洋的停滞と仕事がそんなにハードでない点だ。三者に共通するのは、家族がいて、生理的、家族的欲求を満足している点と社会的成功を経験している点だ。マズローの欲求段階説に因ると、生理的、家族的、社会的のつぎに、自我欲と自己実現欲があるが、宗教家は、自我を捨て、自己実現し、欲求段階説の秘技、自己超越(悟り)に至っている。マズローの欲求段階説の自我欲は、一時達成したのか?抜かしてなのか?自我を捨て、自己実現と自己超越(悟り)似至るのは、宗教家的な欲求段階だ。