私が何故、子を生ませたか?私が何故、子を生ませたか?
そんなにしてまで。
初めは、兵隊さんの遺言だった。それは2つあった。一つは「お父さん、お母さんすいません

私は、天皇陛下のために死にます」だった。


私は、天皇陛下のために死にます」だった。もう一つは、こうだった。「○子、すまん

俺は、お国のために死ぬ。子供を頼む」だった。


俺は、お国のために死ぬ。子供を頼む」だった。幼かった私は、ここに決定的なレベルの差を感じた。
お父さん、お母さんより妻に頼む方が上なのだが、極めつけに私が、親の反対を押しきって子を生ませたのは、実は浮気をしていた教祖の宗教ではあったが(その当時、天理統教といった)仙台にあったその浮気?教祖の元に修行に全国から信者が来ていた。そこで、大体は結婚してない問題児が多かったと思うが、妻子のいる修行者がいた。おかしい宗教?でも何でも問題児の多い中、妻子がいて、お金もいるのに修行に来ている。
当時、私は才能と自信喪失の中に揺れていたが、こんな宗教でも妻子を置いて仙台にまで修行に来ている。
私は、唖然愕然たる差を感じざるを得なかった。
精神病院。それは甘えて保護を受けているか?ホントに病気なのか議論の余地はあるだろうが、私は精神的に大人になりきれていない。未成年のまんま思春期の荒れ、乱れを引きずりまるで病気の振りをして、暴力、暴言、猥褻に走り施設あるいは親の庇護を受け、デイケアとか言って、意味のないといっていいことをしている。
大人になりきれない。
大人になるには、どうすればいいか?気休めの根本的治療にならないデイケア、入院などを越えるには…
極論すれば、両親共に死ぬか?子の誕生しかないのだ。極論であり、こういった荒治療は、相当鍛えた人、よっぽど教養のある人にしか効かない。体力や教養がないとつぶれるといってよい。
荒治療した私は、精神病院の甘えた?おじいさんを睨み付けた。一人は怖がってくれたが、一人は連れと喋りだした。
睨み付けられるだけの実績と人生経験と自信を持て。紙一重で助かったなど日常茶飯事だ。
一般の人は、強く大人だ。