硬貨と紙幣を併せて 「貨幣」 と云ふ - むかし、外国人にさう教へた覚え
があつて、はは、汗顔の至りです。
【貨】 も 【幣】 も等しく 「貨幣」 を意味します。 支那語で "硬币 yìngbì" と
云ひ、"纸币 zhǐbì" と云ひます。
しかし、日本には 「ぬさ (幣)」 がありますから、「金貨」、「銅貨」 を "金币"、
"铜币" と言ふには違和感がありますね。
硬貨と紙幣を併せて 「貨幣」 と云ふ - むかし、外国人にさう教へた覚え
があつて、はは、汗顔の至りです。
【貨】 も 【幣】 も等しく 「貨幣」 を意味します。 支那語で "硬币 yìngbì" と
云ひ、"纸币 zhǐbì" と云ひます。
しかし、日本には 「ぬさ (幣)」 がありますから、「金貨」、「銅貨」 を "金币"、
"铜币" と言ふには違和感がありますね。
「有明の月」 とは夜明けの空に残つてゐる月のことであつて、支那語で云ふ
"残月 cányuè" です。
「有明」 とは空に月が残つたまま夜が明けることであつて、対応する支那語
はないやうですが、説明すれば "尚有残月的黎明" です。
ですから、「有明」 とは "(尚) 有 (残月的黎) 明" のことです - と支那人に
解説すれば、間違つてはゐないのですが、不思議な顔をされるでせうね。
甘木先生の父君は学校を出ると、いすゞ自動車かS電工に雇つてもらへさうに
なりました。 しかし、平仮名の 「いすゞ」 の社章が不細工で気に入らないので、
S電工に入社した … とは、まあ冗談でせう。
支那語で 「いすゞ自動車」 を "五十铃汽车 Wǔshílíng Qìchē" と呼びますが、
「い」 は 「五十」 の意味です。
「百伝ふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ」 の 「百伝ふ」 は 「い」
の枕詞です。
さう云へば、甘木先生が自動車の免許を取つたときの試験車輛はコラムシフトの
いすゞ・フローリアンでした。
甘木先生、子供のころに鶉を一羽飼つてゐたのですが、ある日籠から出して
籠を掃除してゐると、パタパタと塀を越えてどこかへ飛んで行きました。
学校を出て会社勤めを始めたころ、さるドイツ人を伊丹空港に出迎へました。
あのころは日本に出張するドイツ人の多くが香港を経由してゐました。
「香港はどうでした?」
「焼鳥が旨かつた。 ほら、茶色い小型の鶏みたいな …」
「Wachtel でせう?」
「なぜ、Wachtel なんて単語を知つてゐるのか? 日本人はドイツ語が下手くそ
なのに、語彙だけが豊富だ …」
つまりは、甘木先生のドイツ語が下手くそだと言ひたかつたのでせう。
ドイツの鶉は三音節で pick-wer-wick! と啼いて、この声を特に Wachtelschlag
と呼びます。
日本の鶉も三音節で 「御吉兆!」 と啼くのださうで、江戸時代にはこの声を競
はせる 「鶉合はせ」 が武家の間でも流行しました。
【鶉】 の字を日本音で読むことは滅多にありませんが、呉音が 〔ジユン〕、漢音
は 〔シユン〕 です。 つまり、"鹑 chún" は "醇 chún"、"淳 chún" と同音です。
美術館の外で妙なものに感心することがあります。
昔々、信州でふと喫茶店のやうなところに入つたら - 記憶が定かではあり
ません - ひとつの壁全体が巨大な Nestlé のロゴマークになつてゐました。
Nestlé は支那語で "雀巢 Quècháo" と云ひますが、例の親鳥と雛二羽の絵
です。 わたしの背丈ほどもあるロゴですから、一本一本の描線の詳細を眼で
辿ることができます。
「これは素人ぢや描けない線だね …」 とわたしは見入つてしまつたのです。
Nestlé のロゴにも変遷があつて、私が見たのは先代か先々代のものだつた
やうです。
"Hitlerputsch / Bürgerbräu-Putsch" (1923) のことを英語で "Beer Hall Putsch"
と呼び、日本語で 「ミユンヘン一揆」 と呼びます。 「一揆」 とはまた奇妙な言葉を
宛てたもので、支那人には意味が判らないでせう。 支那文では "啤酒馆政变 Pí-
jiǔguǎn Zhèngbiàn" と呼ぶのがふつうです。
ちなみに今の支那の文章語では 【揆 kuí】 は "忖度 cǔnduó" などと云ふときの
【度 duó】 と同じく 「推測する」 といふ意味です。
"冬蟲夏草 dōngchóng-xiàcǎo" といふものがあつて、ドイツ語では
身も蓋もなく "Raupenpilz" と呼びます。
かういふ妙なものを支那人は眺めてゐるのではなく、食べてしまふの
ですね。
冬蟲夏草には色々な種があるのでせうが、日本の町中では珍しいも
のだらうと思つてゐたら、さうでもないやうです。
尾崎一雄の 『夢蝶』 に小田原の自宅の庭のはなしがあります:
「ふうん、これはセミタケだ。 冬虫夏草とも云つて、地の中に居る
セミに寄生するんだ …」
【笄 jī】 (ケイ, かうがい) と 【簪 zān】 (サン, かんざし) とは違ふもので、
女子が十五歳の成年式を迎へて挿すのが 【笄】 です。
その 【笄】 を挿す前の女児が結ふのが英語で云へば "double bun/
loop hairstyles" であつて、日本でよく知られてゐるのは "总角 zǒng-
jiǎo, あげまき" ですが、これは男児も結ひます。
しかし、そこはヘアスタイルですから、その種類は千差万別、素人には
何がなんだか判りません。 "双丫髻 shuāngyājì"、"双平髻 shuāngpíng-
jì"、"丱发 guànfà"、"总角 zǒngjiǎo" etc., etc.
刀を抜くときには鯉口を切ります。
その 「鯉口を切る」 をドイツ語に訳すのは簡単なことで、その所作と目的、
刀の構造を丁寧に説明すればいいだけのことです。
しかし、初回はそれでいいとして、二回目からは面倒ですから短いドイツ語
を宛てたい - 「鯉口を切る」 は三語ですから、三語ほどのドイツ語で言ひ
表はせないか …
あまり期待せずに www.wadoku.de を見ると
das Schwert in der Scheide lockern (um es gleich zu benutzen)
とあります。 旨いですね。 "Das Schwert lockern" と言へば日本語の 「鯉
口を切る」 よりも明解で的確な表現のやうに思へます。
もちろん、これは二回目以降に使へる表現であつて、初回にいきなり "das
Schwert lockern" と言つても何のことだか判りません。
むかし支那北部を冀州と呼びました。 いまの中共政権でも河北省の
略称が "冀 Jì" です。
日本語で 〔ねがふ〕、〔こひねがふ〕、〔ねがはくは〕 と訓む場合の "冀
jì" は "期 qī" などに宛てたもののやうです。
"冀求 jìqiú" はすなはち "期求 qīqiú" のことであり、"冀望 jìwàng" は
"期望 qīwàng" のことです。