主従関係、信頼関係を考えるシリーズ記事、3回目です。
本当は、前回で終わらせる予定だったのですが、思いのほか長くなってしまいました。

シリーズ1回目のエントリ では、「主従関係、信頼関係」という言葉が、実にトートロジー(同語反復)的で、なんの説明にもアドバイスにもなっていないことを書きました。
2回目のエントリ では、その「トートロジカルな説明(アドバイス)」についてもう少し書いて、そして「トレーナーの仕事とは、飼い主さんのしつけ行動を支える仕事なのだー」ということを書きました。

今回のシリーズ記事は、「主従関係、信頼関係というアドバイスを、トレーナーが声高に強調してはならない」という、僕の考えから生まれています。
このエントリでは、何故「トレーナーが声高に強調してはならない」のか?について、迫っていきます。


「飼い主から依頼される」「飼い主からの依頼を受ける」…すなわち「トレーナーとは、飼い主さんを支えるお仕事」という文脈から、「主従関係(信頼関係)を築きなさい」というアドバイス(言葉)について、考えてみます。

「愛犬と主従関係(信頼関係)を築きなさい」というアドバイス(言葉)。
特に「信頼関係を築きましょう」と言われると、実にもっともらしく感じてしまいますし、なんだか納得してしまいそうにもなります。
「信頼関係」って言葉は、なんとなーくステキな感じがしますし、「犬に寄り添ってる感じ」もしますしね。
そして、このアドバイスでうまくいっている間は、何の問題もありません。
うまくいってるんだから、当然ですね。
ところが、「うまくいかない」ってなってくると、問題が発生します。

「主従関係(信頼関係)を築きましょう」と言われ、そのアドバイスの通りに色々なトレーニングをしたり、生活習慣を変えたとしましょう。
しかし、それでも問題が解決できなかったとき、どうなるでしょうか?


 主従関係(信頼関係)をしっかりと築ければ、きっと改善できます
 =改善できないのは、主従関係(信頼関係)が築けていないからです


それまで、「きっと大丈夫!なんとかなるよ!」という励ましであったはずのアドバイスが、「うまくいかない」となった瞬間に「あなたがそういう関係を築けていないから、うまくいかないんです」というものに化けているのが、お分かりでしょうか?

「飼い主と犬との関係」ではうまくいかないから、トレーナーに依頼しているわけです
ところが、それでもうまくいかなくなると、途端に「飼い主と犬との関係を、まずはちゃんとしてもらわないと」と言われてしまうわけです。
言い換えれば「夫婦関係がうまくいってないんです」と悩んでいる人に、「まずは、夫婦関係をきちんとしましょう」と言ってるようなもんです。
なんの意味もありません。
そして、こうしたアドバイス(言葉)に追い詰められて、苦しんでいる飼い主さんは少なくありません。

確かに「犬の行動の大半」は、飼い主さんの接し方などによって決まります
だからこそ「トレーナーさんにお願いして、どうすれば良いのかを教えてもらおう」となるわけです。
ところが、「主従関係(信頼関係)を築きましょう」というアドバイスは、「まずは、飼い主であるあなたが、ちゃんとしなさい」と、飼い主さんからののヘルプを突っぱねることになります。
これは、「うまくいくもいかないも、飼い主の責任」と言ってしまうことになるわけですね。
つまり「飼い主の自己責任」というわけです。

「飼い主から依頼される」「飼い主からの依頼を受ける」という文脈において、自己責任論は成立しません
それはたとえば、「ホメオパシーで赤ん坊が死んでしまったのは、母親がそれを望んだから」というのと同じことになります。
これはダメです。


また、これまでの2つのエントリで散々書いたように「主従関係(信頼関係)」というものは、実体ではありません。
実体がありませんので、実はどこまでいっても「精神論」です。
「主従関係(信頼関係)を築けばなおるよ!」と聞くと納得してしまいそうになりますが、これは言い換えれば「飼い主さんが頑張ればなおるよ!」「飼い主さんの頑張り次第だよ!」と言ってるのと、なんら変わりありません。

最近は「飼い主がリーダーシップを取りましょう」という風にも、言い換えられていますね。
しかし、この「リーダーシップを取りなさい」というのも、うまくいっている間は問題ありませんが、うまくいかなくなった途端に「リーダーシップを取れてないから、うまくいかないんです」と、飼い主の自己責任になります。


しかし、「追い詰められている飼い主さん」がいるにも関わらず、こうしたアドバイスはなくなりません。
その理由は単純で、「うまくいかなくなった飼い主さん」のことは、除外されてしまうからです。
「頑張ればなんとかなる」という考えが根っこにありますから、「うまくいかなくなった飼い主さん」は、イコール「頑張れなかった飼い主さん」になってしまいます
これは「もう少し頑張れば、なんとかなったのに。途中で諦めるから、うまくいかなかったんですよ」ということになります。
つまり、「うまくいかなかったじゃないか」という反論が仮にあったとしても、「それは、あなたが頑張れなかったからでしょう。諦めずに頑張っていれば、ちゃんと結果は出たはずです」ということになります。
これもまた、ホメオパシーのレメディーを飲んでもよくならなかった人が、途中から病院に通ったりしたときに、言われる言葉と似ています。
「ホメオパシーを続けていれば、よくなったのに」と。※1


トレーナーの仕事は、あくまで飼い主さんをサポートするものであると思います。
飼い主さんが、「自分だけではどうにもならないので、ちょっとヘルプしてください」という依頼を受ける仕事です。
その仕事に就くものが、「飼い主の自己責任」を言ってはいけません

そもそも、情報やサービスの提供者が、ユーザーの自己責任を言ってはいけません
それを許したら、どんなでたらめなことをしていても、「選んだユーザーの責任」ということになってしまいます。

しかし、「主従関係(信頼関係)を築きましょう」とか、「リーダーシップを取りましょう」というアドバイスは、実体がなく、実体が無い故に、どこまでいっても「あなたが頑張れば、なんとかなる」ということしか言ってくれません。
これは「愛情をきちんと注げば」とか、「しっかりと気合を入れて」とかも同じです。
そして、なんとかならなかったとき、うまくいかなくなったとき、途端に「あなたがちゃんとできていないから、うまくいかないんです」という、「飼い主の責任」を持ち出してきます

これはねー、ダメだと思うわけなんですよね。


んで。
色々と言葉を尽くして長々と書いてきましたが、これまでのエントリを通して僕が言いたいのは、こういうことです。

もしもあなたが「私がちゃんと関係を築けてないから」「私がこの子のリーダーになれてないから」という理由で、しつけがうまくいかないのを自分の責任だと、考えているとしたら。
そうではありません。
んなこたーないです。

もしも「主従関係」とか「信頼関係」とか、「信頼されるリーダーになる」とか、そういった言葉によって、逆にしんどい思いをしてらっしゃるとしたら。
そんな言葉は、きれいさっぱり忘れてください

でも、「いや、私はそういう風に考えた方が、かえって楽です」という方もいらっしゃるかもしれません。
そういう方は、そのままでも良いとも思います。
それでうまくいってるんなら、わざわざ変える必要はありません。
ですが、もしもうまくいかなくなったら、そのときはきれいさっぱり忘れてください。

こういう「頑張ったらなんとかなるよ!」という言葉は、とても聞こえがよくて、なんとなく納得してしまいそうになります。
また、「頑張らないのは恥ずかしいことだ」みたいな空気も、なんとなくあるような気がします。
でもね、僕はそうじゃないと思うんですね。
頑張ってもなんとかならんから、プロに依頼するわけでね。
だからこそ、プロが飼い主さんを結果的に追い詰めてしまうようなアドバイスを、声高に言うのはよろしくないと思うわけです。※2


あと1回だけ、おまけがあります。
いやー、本当に長くなってしまった。



※1
ホメオパシーに僕が非常に批判的なのは、こういうことがあるからです。
最初は「きっとよくなりますよ」と患者に寄り添うような顔をしておいて、症状が悪化しても「それは好転反応です」などと言い張り、いつまでも良くならずに最悪死んでしまっても、「患者が選択しただけで、私たちはその依頼に応えただけだ」などと主張します。
これはダメです。




※2
こういうことを言うと「飼い主を、頑張れない、弱い人間だと決めつけている」みたいな藁人形を作る人がいるんですけど、僕が言ってるのは「頑張ってるのに結果が出ない人に、プロがただ頑張れとだけ言うのは違うよね」って話ですからね。