『私は泣いています』― 物書きの独り言16 (mixiで連載しているエッセイの一部です)


       


■写真は左端が昼のゴールデン街の入り口。真ん中は夜のゴールデン街。右端は『私は泣いています』を歌っていたころの、17歳のリリィ。



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(初めて読む方たちへ)

この作品は、1960年代後半から70年代前半に、文人・文化人たちが夜な夜な徘徊していた”新宿ゴールデン街”を舞台に、一アルバイト学生として過ごした20代の私の目を通して綴るエッセイ5連作の中の第4話です。

登場人物たちは仮名にした方も居ますが、ほとんどは実在した人々。
彼らと共に過ごした私の青春時代の、不思議な時間のあれこれを、できるだけ忠実に、とは言いながら、所々朧になった記憶の欠片を、懸命に繋ぎ合わせながらの作業です。

[物書きの独り言 13]から始まったこの連作エッセイは、次回最終話を予定しています。
当然ながら、私をゴールデン街に引きずり込んだ、バー”もんきゅ”のマスター、シュンさんを中心に、と考えてはいますが、出入りした数々のヘンな客たちも、最後に大集結させようかと……お楽しみに。

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東京に流れ着き、さすらって、いつのまにか居なくなった、女が居た。


彼女は実は「彼」。

「彼」なのに「彼女」として生きて。

「彼」なのに「母親」になって。

「愛した」のに「愛されなくて」。

それでも、いつも笑っていて。

いつのまにか、どこかに行ってしまった。

だから、ここに書いておきたい。


彼女が居たのは、いまから40年も前の、新宿ゴールデン街。

ぐつぐつ煮え立つ鍋の中みたいだった1960年代後半から70年代前半にかけての日本の、東京の片隅。

結構賑やかに生きて、派手に泣いて、派手に笑っていたっけ。

もうきっと、誰も覚えていないだろうけれど。



■ある夏の夜・・・・・・。


酒場の客は気まぐれ。

ウィークデー、しかも普段はヒマな月曜日だってのに、客がワンサと押しかけてくるときがある。

コチラはもちろん油断しているから、たちまちあれやこれやと足りなくなって。

そんなとき、ゴールデン街の酒場仲間の付き合いは暖かい。

ほとんど、なーんでも貸してくれる。


「シュンさんっ、ビールなくなったっ」

「借りてきて」

「おつまみが足りなくなったっ」

「借りてきて」

「タバスコがないっ」

「借りてきて」

「米、味噌、醤油、石鹸と、パンツと、ブラジャーも・・・・・!」

「借りてきて」

まさか・・・・・・(笑)

でも、ほんとになんでも、いやな顔ひとつせず、貸してくれたものだ。


バー"もんきゅ"のこの夜も、そんな異常事態から始まった。
開店と同時にどんどん客がやってきて。
カウンターはもちろん、店の奥にしつらえてある、靴を脱いで座って飲める、カーペット敷きの小さなフリー・スペースまでたちまち満杯。
座れても3人が限界なのに、顔なじみの気楽さで「詰めて、詰めて!」
二畳も無い空間に、4、5人がギューギュー、スシ詰め状態。
しかも、いつもなら、そんな状態を見ると、みんなとっととハシゴ酒をしに行くのに。
今日はどうしたことか、みんな居座って、じっくり飲む構え。



小さな酒場には、小さな冷蔵庫しかない。
ビールなんかは、足元の金ダライに、ブッカキ氷を入れて冷やすのが基本。
小さな酒場は、氷代だってバカにならないから、仕入れはカンが頼りなのだが。
その日は月曜日、しかも給料日前、しかも雨・・・・これか、客が動かない原因は。
いつもなら開店早々は閑古鳥が鳴く、ってくらいヒマでヒマで。
シュンさんも私も、9時過ぎあたりまでずーっと本を読んでヒマ潰しするはずだったから・・・・・たっぷり油断した。
8時過ぎには壁に寄りかかって立ち飲みする連中まで出て、シュンさんも私もてんてこ舞い。
当然、真っ先に氷が足りなくなった。
「ドガ、借りてきてっ」
「はいっ」
コンビニなんか無い時代だから、ブリキの洗い桶を持って店を飛び出したものの・・・・・・。

その夜はどうしたことか、どの店も満員御礼状態。
行く先々で「ごめん、ウチも足りないのよォ」
仕方がないから、いつもなら足を向けない遠くの店まで走ったけれど、どうしても氷は手に入らない。
近所の店はとっくに閉まっているし、ああ、もう、どうしよう!と困り果てたとき・・・・・。
「どうしたの?」
声をかけてくれたのが、バー「小紫」のママ。
名前からお察しの通り、ゴールデン街名物のおカマ・バーのひとつ。
しかも180㌢はある巨体に日本髪の、例のママさん・・・・小紫というより大紫だ。

酒場のバイトには慣れたけれど、世間知らずの小娘は、おカマさんたちの居るバー近辺はなんとなく恐かった。
いつの間にか顔なじみになった客引きのおカマさんたちとは、顔が合えば行き帰りの挨拶ぐらいはするようになっていたけれど、人間、知らないものは恐い、のが常。
おカマさんたちの存在自体、今ほど世間に認知されていなかったから、正直、どう接していいのかわからなかったのだ。
でも今夜は非常事態。
「こっ、ここ、氷が足りなくて・・・・・」
「あーら、繁盛ねェ」
「い、いえ月曜日だし。こんなことになるなんて、私もシュンさんも予想してなくて」
「いいわよ」
「えっ」
「ウチは今日はヒマ。取っといたって溶けるだけだし、持ってらっしゃい」
「ほんとにっ!よかった」
「こっち、来て」
ギィッときしむドアを開け、初めて入ったおカマ・バー・・・・・。

それはそれは派手で・・・・キンキラキンでゴージャスで・・・・すす、凄い!
ゴールデン街に、こんなにお金のかかった店があるなんて!
「夢の世界にはねえぇ、この世のものならぬ演出がいるのよォ」
ママさんも、この世のものとは思えないけど・・・・・。
漆みたいな黒塗りに金縁のカウンター。
よくわからないけど、ふわふわした、濃い紫色の毛が生えた壁紙なんて初めて見た。
足元には、絨毯が・・・どたばた足音が響く“もんきゅ”の板張りの床とは大違い!
グラスもなんだか高価そうでピカピカしてて。
「みっちゃーん」
「はーい」
ひ、えぇぇぇぇぇぇ・・・・・。

そりゃまあ、ママさんが芸者姿だから、考えてみりゃ当たり前の展開なんだけど。
出てきたみっちゃんは、舞妓姿!
しかも、しかも、すっごーい・・・・・・・・・ブス・・・・・・・・・・。
しかも、しかも、すっごーい・・・・・・・・・デブ・・・・・・・・・・。
しかも、しかも、すっごーい・・・・・・・・・チビ・・・・・・・・・・。
その、この世のものならぬみっちゃんが、でっかい氷の塊を「ハイ」
洗い桶の中にドスン、と入れてくれて。
「あああ、ありがとうございますっ」
「いいのヨー」
ニコニコ笑った顔がおカメの面みたい・・・・・・やだ、すっごく可愛い!
おカマさんにも、笑顔美人っているんだ。
ちょっと感動しながら“もんきゅ”に帰ってきた。
その夜お店を閉めたあと、片付け物をしながら、シュンさんに今日の氷事件を話した。
「小紫のママさんって、気前がいいんですねー」
「おカマだから」
「おカマさんって、気前がいいんですか」
「おカマだからな」
返事になってないって。
帰り道、バー「小紫」の看板の灯は消えていて、お礼も言えなかった・・・・・。

翌日、いつもより早めにお店に出た私は、いつもの倍ぐらいのお通しを作った。
量があって、安く出来て、お客さんに好評な・・・・・高野豆腐の煮付けと、人参やこんにゃく、ひじきや鶏肉、ねぎといった具沢山の卯の花、つまりおから。
これに、茗荷のセン切りを山盛り別の入れ物に入れ、どっこいしょと持っていった。
バー「小紫」のドアをトントントン。
「あら、昨日の・・・・・」
ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁママさん、今日は毛皮のマリーだ!
美輪明宏ばりのメイク、ぐゎっと胸の開いた紫色のロングドレス、から、ン・・・・胸毛?
ということは・・・・・・。
「おーはーヨー」
ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、みっちゃん、今日はプリンセスッ?!
「ま、毎日着替えるんですか?」
「アタシたちってェ、夢の世界の住人だからァ」
はぁ、なるほど・・・・・。
「あのう、これ、昨日のお礼で、えっと、お客さんに出したらどうかなって、これ結構評判のいいお通しで・・・・その、お礼、考えつかなくって、す、すみません」
ママさんがじぃっと私の顔を見た。
「これ、あんたの自前?」
「えっ、ああ、はい」
「この大鉢も?」
「あのっ、安物で、す、すみませんっ、カウンターに置けるかなって思って、その、お店の雰囲気に合わなかったら、捨ててもらってかまわないですから」
「ふうん」
ママはそのまま、ありがとう、と受け取ってくれた。

それから2、3日して。
シュンさんが何やら立派な箱を持って店に入ってきた。
「ドガ」
「あ、はい?」
「お前、小紫のママに何かしたか?」
「いえ、別に何も・・・・」
「そうか、これ、ママからだ」
「へ? 私に?」
開けてびっくり玉手箱!
「こっ、こっ、ここここここれ」
「ニワトリかお前は」
「メッ、メッ、メメメメメメメメッ」
「ヤギだったか」
「メロンじゃないですかっ!しっしっしかもッ!」
今だって数万円はする、最高級の、 日本橋千疋屋の箱に入った、マスクメロン。
「ななな何でこんな高価い果物を、私なんかにっ」
「だから何かしたのかって聞いただろ」
「してません!何もしてませんってばっ」
そのまま店から飛び出した!
いくらなんでも、ラッキー!なんかで済ませられるものじゃない。

「ママーッ!」
「あら、また氷?」
「こっ、ここれっ」
「ん、美味しそうでしょ」
「い、いただけません、こんな高価いもの、いただく理由が・・・・・」
「あんたのお通しでさ、儲かったのよ」
「どど、どういう意味、ですか?」
「ウチ、お通し3千円なの」
ぎぇっ・・・・・ぼったくりだっ!!
言っておきたい、当時の大卒初任給は、せいぜい三万円前後だったことを。
ラーメンは一杯150円ぐらいだったか・・・・。
そこから今の経済感覚に換算すれば、たかが酒のつまみが2万円、ということになるのだ。
「あのっ!? お通しってサービスじゃ・・・・?」
“もんきゅ”は当然サービスである。
「夢のお値段よぉ」
「えーっ」
「それ、分け前ね、あんたの取り分」
「えーーーーーーっ、いっ、いただけませんっ、そんなのっ」
「ガハハハハハハ、ジョークよぉ、バカねぇ」
奥の椅子でみっちゃんもクスクス笑っている。
「大丈夫よォ、それ、お客さんからママへのプレゼントだからァ」
なんだ・・・・・よかった。
「小紫」のママさんとは、こんな風に知り合いになったわけで。



■真夏の夜の・・・・・悪夢!

他の街は知らないけれど。
ゴールデン街には、商売仲間の仁義、というようなものがあって。
どれも小さな店ばかりだから、自分の店が客で満杯になるとハミ出した客を仲間に廻す。
仲のいい他の店を紹介し、そちらに行ってもらうのだ。
マスターやママがよく知っている店だから、店の雰囲気や客層が似ていて、紹介された客は安心して飲める。
度重なれば、客はあちこちになじみの店が増え、いつの間にかハシゴ酒の仲間入り、ということにもなるわけだ。
「小紫」のママからは「うち、満杯なのよぉ、頼むわねー」
ちょくちょく電話が入るようになり、小ナスのみっちゃんが、いそいそ客を送ってくる。

「気に入られたな」
「え、誰に?」
「小紫のママ」
「そう、なの?」
「あのママ、苦労人だからな」
苦労なんて言葉はおよそ似つかわしくない、天真爛漫のおカマさんのように見えますが?
「人間、外からはわからないもんさ」
「ふーん」
そう、本当にわからないものだった、人間って・・・・・。

夏真っ盛り、連日30度を越す真夏日が続き、熱気でウンザリするようなある雨の夜のこと。
「ママ、そっちに行ってない?!」
みっちゃんが、悲鳴のような声で電話をかけてきた。
どうしたんだろう?
シュンさんが様子を見に行き、留守番をしていると。
しばらくして帰ってきたシュンさんは怖い顔で「ちょっと出かけてくる」
そのまま、帰ってこない。
12時を過ぎ、1時を回り・・・・2時を少し過ぎたあたりだったか・・・・。
店の電話が鳴って「ドガ、客を帰せ」
「え、でもまだ・・・・」
「いいから、店を閉めろ!」
あわてて店を閉めて待っていると・・・・・。
「ドーガーちゃぁぁぁん」
わっ、ママ! そんなに酔っ払って、ずぶ濡れでっ。
小柄なシュンさんが、脇の下に埋もれるような格好で支えながら、キラキラドレスのママを連れて帰ってきた。
しかも・・・・・・。
「ママッ、どうしたのーッ」
顔を上げたママの左眼の周りは、すっごい青アザ!
まぶたもお岩さんみたいに腫れてるしっ!
それによく見ると、鼻の下にうっすらと青い髭・・・・いや、鼻血の跡が!
「ケンカしたんですかッ」
「たーいしたことないわよォ、こんなのォ」
そのままヘナヘナ座りこむ!
取りあえず奥のフリースペースに寝かせ、氷水で冷やしたお絞りをアザの上に乗せて。
シュンさんが電話をかけている。
しばらくして、みっちゃんが、ママの荷物を抱え、階段を駆け上がってきた。
しかしママはフリースペースで高いびき。
その顔を見たみっちゃんが、
「ママーッ」
わっ、と泣き崩れた!

怖い顔のシュンさんと、泣きじゃくるみっちゃんが、カウンターの隅でぼそぼそ話し込んでいる。
事情の見えない私はどうすることも出来ず、ひたすらママのお絞りを換え続けた。
「ドガ」
「うわっ、はいっ!」
「みっちゃんを送っていけ。それから、今日はそのまま帰っていい」
「・・・・・は、い・・・・・」

ゴールデン街を出て、区役所通りを左折して、甲州街道の大通りに出る。
明け方近い雨の夜、不夜城新宿の人通りは結構あり、みんなが私たちをジロジロ見る。
だってみっちゃん、今日は金髪のカツラに真っ赤なカクテルドレス・・・・。
まだおカマさんそのものが珍しかった時代に、どう見たって女性風の男性、だもの。
みっちゃんはうなだれて歩きながら「ドガちゃん、お茶、飲まない?」
「あ、はい・・・・いいですね」
事情はわからないけど、みっちゃんだけでも慰めてあげたい、本気でそう思った。
珈琲館という、今でもまだある深夜喫茶に入った。

「びっくりしたでしョ」
「まァ・・・・・」
ケンカして、怪我して、正体不明に酔っ払ったおカマさんを見たのは初めてだったから・・・・。
みっちゃんが、深い、深い、ため息をついた。
「ママね、息子に殴られたのよ」
「えっ」
大きな目から、ぽろぽろ涙がこぼれる。
「息子ったって、血は繋がってないんだけどサァ」
「よ、養子、ってことですか」
「でもないのよォ」
「?????」
「迷子、なの」
あー、うっとうしいわァ、とみっちゃんが、涙を拭きながら、付けまつ毛をバリバリ取った。
「家出してきた子。高校生らしいんだけど」
家出・・・・高校生・・・・らしい・・・・・!?
「アタシは止めたのにィ、ママって、ほら、母性本能が強いヒトだからァ」
ぼ、母性本能、ねぇ。
「アタシもそやって拾われたのよ。もともと、コッチの世界に憧れてたんだけど」
そうなんだ・・・・。
「いまほら、ピーターってコがデビューしてサ、評判じゃない」

ピーターこと池端慎之介がデビューしたのは1968年(昭和43年)。
『夜と朝のあいだに』で、翌年のレコード大賞新人賞を貰っている。




            17歳のピーター(1968年)




「“ヨイトマケの唄”の丸山明宏サンも、寺山修司サンの、ほら“天井桟敷”って劇団で主演したりしてサ、頑張ってるでショ。アタシもこンなだからサ、何とかなるかもしれないって田舎から出てきたんだけどォ。ダメなのよォ、音痴だからさァ」
みっちゃん、他の理由で無理なんだって・・・・・。



            美輪明宏



「新宿で食い詰めて、女の格好してフラフラしてたら、ママに会ってサ。ウチへおいでって・・・・・」
「じゃあ、その、息子さんも・・・・・」
「ううん、あのコはノーマル。だけどすっごいグレててサ」
「不良なんだ」
「そんなもンじゃないわョ。シンナーとか、クスリとか、もうメチャクチャ」
でも何でそんなコに・・・・・血も繋がってないのに・・・・・?
「ママさァ、昔、子供と別れたのよォ、別れさせられたっていうか」
ママに子供が!、でもママって、おカマさんじゃ・・・・。
「あのね、突然目覚めることってあるのよ。アタシたちの世界って」
「とと、突然おカマさんになるんですか!」
「うん、ドンデンがくるっていうんだけどネ。なんかヘンだなァって思いながら、でもほら、体はオトコでしょ」
「う、ん」
「普通に結婚して、子供も出来て、でも何かヘンで」
「それで急に女になっちゃうんですか」
「アタシも詳しくは知らないんだけどォ。田舎の祭りの晩、急にイイ男に出会ったんだって。一目ぼれってやつね。で、どうしようもなくなって」
「どど、どうなったんですか」
「カケオチ」
えーっ!子供もいるのに!
「そういうモンなのよ、おカマの恋ってさァ」
男の人と、男の人が、カケオチしてしまうほどの・・・・恋????
「結局、捨てられちゃったんだけどサ。そンとき置いてきた息子に、似てるらしいんだ」
「その、家出してきたコが・・・・・?」
「腐れ縁みたいなもんね。何されたって、放り出せやしない」
やたら複雑な気分になってきた。
「ママにしたら、罪滅ぼしみたいな気持ちなんでショ」
「本当の息子さんに会いにいけばいいのに」
「もう死んだことになってるんだってサ、ママ」
「・・・・・・・・!」
「ママは何とかしてやりたいって一生懸命なんだけど。あいつ、ホンマモンのワルだから」
ホンマモンのワル、というのがどういう人なのか、私にはわからなかったが。
ぼろぼろにされたママの、「たーいしたことないわよォ、こんなのォ」という声が耳に蘇ってくる。
「人生ってさ、どうしようも無いことばっか・・・・・」
よ、よくわかりません・・・・・けど、みっちゃん、泣かないでょ。
「あのコもサ、親にかなりヒドイ目に合わされてきたらしくて。もう元に戻れないぐらい、ヒン曲がっちゃってるのヨ。誰も信じられないぐらい」
私なんか、とても受け答えできない世界の話だった。
「殴って、殴って、これでもかってぐらい反抗して。ママの気持ちを確かめてンのよネ。これでも俺を捨てないか、ってサァ」
・・・・・・・『たーいしたことないわよォ、こんなのォ』・・・・・・。
溶けたマスカラと涙で真っ黒になったみっちゃんのハンカチを見てると、なんだか胸が抉られる・・・・。
どんな言葉も、出てきやしない・・・・。

「雨、止んだみたいネ。帰ろっか」
「あ・・・・・はい・・・・・」
“人間、外からはわからないもんさ”
もしかして、シュンさんも、そうなんだろうか・・・・・。
そんな風には、一度も考えたことがなかったけど。
私は、いつも外側からしか、人を見たことがないのかもしれない・・・・。


■身を捨てて浮かぶ瀬もあれ花筏・・・・・

ママは、翌日から、とっても元気だった。
アザが消えるまで、片目にカラフルな眼帯をかけて。
「そんな眼帯、どこで売ってるんですか!」
「自分で染めたのよぉ、ドレスに合わせて」
「お、おしゃれですね」
「ドーガーちゃァん」
げっ、みみみ、みっちゃんも殴られたのっ!
「お付き合いよォ、ママの」
バー「小紫」は、しばらくずっと、片目のママと、片目のみっちゃんが、この世のものならぬサービスを展開していた、らしい。

私は、ママばかりでなく、ゲイのお姉さんたちにも、ずい分と可愛がってもらった。
お姉さんたちは大変な物知りで。
美味しいものやファッションや、お化粧やお肌の手入れ、その頃はまだまだ知られていなかった世界中のブランド品や、細やかな気配りのあれこれ・・・・・。
客引きに立つお姉さんたちと、よく立ち話をしたものだ。
そして、“外からは見えない世界”のあれこれの話を、よく聞かせてもらった。
「あの人はね、アタシたちと同じ世界の人なのよ」
びっくりするような、ゲーノー人や有名人の方々の秘密、なんかも・・・・・。

遠い、遠い、40年も昔の、ゴールデン街の片隅で。
入れ替わり、立ち代り、現れては消えていった、この世のものならぬ世界の住人たち。
体は男だけれど、並みの女たちよりずっと賢く、情深く、濃やかで女らしい心の持ち主たちばかり。
みんな、みんな、優しくて、哀しくて、明るくて、淋しい人たちだった。
あの人たちに出会わなかったら、私は人間の見方がもう少し狭く、恥ずかしい考え方を、平気でしていただろう。

人のことは、人から学ぶものだけれど、本当に触れ合わなければわからないものがある。
すっかり大人になって、仕事でどれほど大変な肩書きの人に出会っても、私の心の中には、いつもシュンさんの言葉がリフレインしていた。
“人間、外からはわからないもんさ”

もう、バー「小紫」の看板は無い。
ママも、みっちゃんも、もういない。
あの頃のお姉さんたちも、誰もかも。
そういう人たちが確かに生きていたのに、そんなことはきっと誰も覚えていないのだろう。

私を、内側からも育ててくれた新宿ゴールデン街。
戦後、身を売る女の人たちがここに集まり、どこかに消えていったというこの街もまた“外からはわからない”沢山のあれこれを秘めた街だった。

そんな街で、こんな唄が流行ったことがある。
戦後、米兵を父として生まれ、帰国した父とは生き別れ、母とも、兄とも死別して、天涯孤独の中でがんばって生きた17歳の、ハスキーボイスの少女が歌い、100万枚の大ヒットを飛ばした、少し哀しい唄・・・・・。



           



『 私は泣いています 』唄:りりィ 作詞・作曲:りりィ(昭和49年・1974年)


http://jp.youtube.com/watch?v=3qFhFGjOxSA (←クリックしてください)


私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたに会えて幸せだった
昼も夜も帰らない
あなたがいたからどんなことでも
なりふりかまわずあるいてきたの

私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたにとって愛のくらしは
とてもいやなことばかり
あなたに言われて気づいたことも
そんなところはなおしてみます

私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたは言うのもう終りだと
まさかそれはうそでしょう
あなたの言葉が私のまわりで
嵐のようにうずまいているの

※私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたの幸せ願っているわ
私だけはいつまでも
あなたの幸せ願っているわ
私だけはいつまでも




注:バー「小紫」の名前も、みっちゃんの名前も、仮名にしてあります。
  もし生きておられたら、もう一度会いたい人たちですが。



(mixiに加入している方たちのために。)


『夜が明けたら』 ― 物書きの独り言13 (連載 第一話)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=612140606&owner_id=14340455



『薔薇のトミィ』 ― 物書きの独り言14 (連載 第二話)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=614417016&owner_id=14340455



『エロスの酒場』―物書きの独り言15 (連載 第三話)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=618149204&owner_id=14340455











(はじめに - 作者からのお願い)

 これは、オトナの方たちのために書いた、推理仕立てのファンタジーです。ちょっとした仕掛けがしてあります。ストーリー通りに読んでくだされば、その仕掛けを楽しむことができると思います。作者の思いを汲んで、どうか、いきなりラストへスクロール、なんてしないでくださいね。あなたを信じて‥‥。


なお、この童話のイラストを描いてくださったのは、sasuke さんという、現在 高校2年生の女の子。
私の一番年若い友人です。 彼女は、楽しいイラストと、複雑な高校生活のつぶやきに満ちた、「タイトル未定」という自分のブログを持っています。
そちらのほうにもぜひ遊びに行ってあげてください。
彼女のイラストは毎日更新。約2年にわたって毎日欠かさず続けています。
「継続は力なり」高校一年のときより飛躍的に上手になっています。

sasuke さんの「タイトル未定」のURLは以下の通りです。

       http://jumpingjack-192.way-nifty.com/blog/




では私の童話と、sasuke さんのイラストを、共にお楽しみください。




          『雪の日の リリィ』 (400字×10枚)



 
あたしが、初めて彼と出会ったのは、欅の若葉がやっと芽吹きはじめた春のはじめの日曜日。
原宿・表参道を右に曲がった裏道に今もある<ブルー・キャット>という、小さなスナック、だった。


そこは、その頃のあたしのお気に入りの店。
毎日、夜の7時か8時に出かけては、用もないのに閉店近くまで粘るという、気ままで自堕落な、夜の時間の過ごし場所でもあった。

店の奥にはテーブル席が4つ。
そこに続く細長い通路の右側は、脚の長いスツールが7つほど並ぶL字型のカウンターになっていて、いつも一年中、大きな壷に白い百合の花が活けられている。


カウンターの中では、やっぱり一年中同じ蝶ネクタイをつけたやもめのマスターが、造り付けのライティングデスクに向かって、文庫本を読んでいた。

まるで商売っ気のない変わり者で、飲み物も食べ物も注文しないあたしなんかが、遊び半分でしょっ中店に出入りしても、追い出そうともしない。
ビール一本でひと晩中粘るお客さんが居ても、まるで気にしない。

そんなマイペースな性格のせいで、マスターは三回結婚して、三回とも奥さんに逃げられたらしい。

別れた奥さんたちは、なぜかみんな白い百合の花が好きで。
カウンターの上の百合は、別れた奥さんたちへのレクィエムさって、古い常連さんたちがうわさ話をしてた。


マスターは、あたしに少し気があるみたい。
ごくたまにだけど、一緒に帰らないかって、声をかけてくる。

だけど三人もの奥さんに逃げられた男なんて、いくら浮かれ娘のあたしでも、お相手なんてしたくない。

だってあたし、初恋だってまだなんだもの。



ここのお客の大半はいわゆるギョー界の男たち。

気取りやで見栄っぱりで、付き合う女の子を一ヶ月単位で取り替える、なんておバカなゲームにうつつをぬかしてて。

だけど、あたしの見るかぎり、彼らの方こそ、したたかな女の子たちのお財布代わりにされてるのよ。
どうして気づかないんだろ。
まったく、ここの連中って、みんなマスターそっくりのお人好しばかりなんだから。

そして色白だけが取り柄のあたしは、マスターからいつのまにかりりィ、と呼ばれるようになり、常連のお人好したちからは<ブルー・キャット>のカンバン娘として甘やかされ、可愛がられるようになっていたの。



彼はたいてい、九時過ぎに、一人でやってきた。
そして必ず、L字カウンターの角、壁際に2つ並んだスツールの手前の席に座る。
いちばん奥のスツールは、いつも彼より先に来ているあたしの指定席だったから。

この2つの席は、背の高い植木鉢でテーブル席のあるフロアからさえぎられ、入り口からもちょっと死角になっていて、誰も邪魔せず、誰にも邪魔されない、なかなかの特等席。
目の前にマスターが座っていることを除いたらね。

彼の好みはバーボン・ウィスキー。
ワインやビールやブランデーを飲んでるとこなんか、見たことがない。



座ればすぐ、彼の目の前に、ワイルドに羽を広げたターキーのラベルのついたバーボンのボトルと、マスターがヒマにまかせて丹念に削りあげた、まん丸の氷が入ったバカラのグラスが置かれる。
まだすこし刃跡の残るその氷の上にゆっくりとバーボンを注ぎ、氷がいっそう丸く滑らかに、透明な輝きを増していくのを楽しみながら、彼は一人のグラスを重ねていく。

あたしはそんな彼に、出会ったときから胸がときめいた。


        


彼はこの店に来るどの客とも違っていた。
酔っ払うとすぐに、小娘のあたしの頭を撫でたり、お尻に触ったりしにくるおバカ連中にはない、「自分」ってやつを持っていた。
この人ならきっとあたしを、どんな偏見も持たず、まっすぐ見つめてくれるにちがいない。

彼も少しは気にしてくれているのか、ときどきちらりとあたしを見る。だけど臆病なくせに生意気なあたしは、そんな気配を感じるたび、ツンとそっぽをむいてしまう。
だってもし眼が合って、声をかけられても、返事なんて絶対に返せないもの。
だからできることは、大人の彼が、あたしの不器用な恋心に早く気づいてくれますようにって、神さまに祈るだけだった。



11時をまわると、彼は誰にも気づかれないよう、そっと店を出て行ってしまう。
隣りの席から、熱いまなざしを送っている、あたしのコトなんか気にもしないで。

彼の素っ気なさに、あたしのプライドはとても傷ついた。
だけど、話しかける勇気も言葉も持たない、世間知らずのうぶな小娘に、いったい何ができるっていうんだろう。

そんな彼が夏の終わりごろ、突然女の人を連れて、店に入ってきた!




栗色のショート・ヘア。
シンプルなベージュの麻のスーツ。
小麦色の長いスラリとした脚に、白いハイヒールがよく似合う大人の女性。
彼は、いつものスツールに座っているあたしなんか見向きもせずに、店のいちばん奥のテーブル席へ、まっすぐ彼女をエスコートしていった。
そして彼女にはワイン、自分にはブランデーを、さらりと注文した。



いつになく気取った彼の雰囲気にいらいらし、二人の方ばかり気にしているあたしを、マスターがニヤニヤ笑って見てる。

あたしは完全に頭に血がのぼり、店を飛び出してしまった。




血統や育ちを聞かれたら、あたしには答えるものなんて何もない。
父親の顔も知らないし、母さんは、あたしと双子の姉さんがまだ乳呑み児なのに突然家を飛び出し、そのままいなくなってしまった。

風のうわさでは、よそから来た男とカケオチしたって聞いたけど、あたしは母さんのことは、できるだけ考えないようにしてた。
だって自分の母親が、自分の産んだ子も家も簡単に捨ててしまう、野良猫みたいな女だったなんて、思いたくなかったから。

親のいない姉妹が、自分たちだけの力で生きていかなきゃならなくなったら、生活の条件や方法なんか選んでいられない。
親戚もいなかったし、あたしたちを拾ってくれる人がいたら、必死でその手にすがるしかなかった。



      


それでもあたしたちはまだ子どもだったから、ついはしゃぎすぎたり、騒いだり、そこらのあれこれをこわしたりしては怒られた。
襟首つかんで投げ飛ばされ、叩かれたりすることもあった。
そしてある日、ついに持て余されて、その家も追い出されてしまった。



それからの生活は思い出したくもない・・・。



寝るところがなくて、どっかの神社ののき下で二人抱きあって、震えながら夜を明かしたことがある。
優しそうな男の人についていったら、いきなりナイフかなんか出され、噛み付いたり引っ掻いたり、大騒ぎして抵抗し、死に物狂いで逃げ出したことだってある。

それでも、そこそこ健康だったあたしはまだよかった。
姉さんは双子のくせにあたしとは大違い。
とても体が弱くて、拾ったものを食べたりしたら、すぐにお腹をこわすし、どこかにちょっとケガでもしたら、あっという間に傷口は膿み腫れ上がり、やせ細ってしまう。

寒さにも、暑さにも弱い姉さんを、あたしはよく、ひと晩じゅう抱いて寝てあげたものだ。
だからやっと、雨露ぐらいはしのげる空き家を見つけ、二人してもぐりこんだときは、本当にほっとして、嬉しかった。
これから二人で、やっといくらか安定した生活を始められる、と思ったのに。

あたしたちをまた、とんでもないアクシデントが襲った。
街の不良どもが姉さんに目をつけたのだ。


      


ずっと姉さんを守ってきたあたしは、いつの間にか攻撃的で気の強い、男っぽい女の子になっていたみたい。
それに比べて姉さんは、はかなげで頼りなく、いつも男の子たちの保護本能を刺激してしまう。

春の初めから夏にかけ、昼も夜も、そういう男の子たちにつけ狙われていた姉さんは、ある晩とうとう行方がわからなくなってしまって。

帰ってこない姉さんを探して、あたしはひと晩じゅう街を歩き回った。

だけど、どんなに探しても、姉さんは見つからない。
ほんの少しの希望を抱いて三日間、空き家の片隅で姉さんが帰ってくるのを待ちつづけたけれど、姉さんはとうとう、そのまま帰ってはこなかった。

四日目の朝、空腹に耐えかねて起き上がったとき、あたしの心はどうしてか、喜びでいっぱいになった。
姉さんからの開放感‥‥!
ああ、これでやっと、あたしは自由になれる !

もの心ついてからずっと体の弱い姉さんを守りつづけ、二人の暮らしを支えつづけたあたしは、自分が何をしたいか、何をほしいのかと考える余裕もなかった。
でも少し大きくなり、大人の入り口にさしかかったとき、心のどこかが姉さんをうっとうしがりはじめていることに、気づいた。


       
 


いつも誰かの支えがないと生きていけない姉さんは、周りの、自分に対する気持ちに、とても敏感だった。
そんな姉さんが、いちばん頼りにしているあたしの気持ちの変化に気づかないはずがない。
そう考えたとき、あたしは、ハッとなった。

姉さんは不良たちに追いかけまわされていたんじゃない。
姉さんの方から、彼らを誘っていたんだ。
自分を疎んじ、守る気を失くしはじめた妹のかわりに、自分のワガママをどこまでもきいてくれる、従順で頭の軽いドレイを手に入れるために。

      


プライドが高く、心の中はあたしよりずっとしたたかでドライで、手ごわかった姉さん。
姉さんはきっと、とっくの昔に、あたしが心変わりすることを見抜いていた。
だからできるだけ早く、あてにならない、足手まといなあたしを、捨ててしまえるチャンスを待っていたんだ。

あたしは突然、いろんなことがひどくバカバカしくなった。
やっと見つけた寝ぐらも捨て、新しく生き直すチャンスを探す旅に出た。
そうやって、やっとたどりついたのが、この<ブルー・キャット>だったのだ。



お気楽なマスターと出会ったおかげで、あたしは小さな居場所を見つけることができた。
それから半年近く、カウンター脇のスツールのひとつに座り、あちこちから伸びてくる誘いの手を払いのけながら、あたしを見つけてくれる人を待ち続けた。

そしてとうとう、心から愛せそうなあの人を見つけた、と思ったのに。






彼はいま、彼のおかげで少しは女らしくなりかけたあたしになんか目もくれず、どこかで知り合った小麦色の女の肩を抱いて、毎晩店に現れる。
楽しそうな二人を見ているのは、とてもつらい。

あたしの足は、<ブルー・キャット>から、だんだん遠のいていった。

 


そんなある日‥‥。



久しぶりに店に顔を出したら、彼が一人で、あのスツールに座って飲んでいた。
マスターがあたしに、意味深な目くばせを送ってくる。
あたしは思いっきり背筋をのばし、思いっきり気取って、いつものスツールに腰をおろした。


彼が飲んでいたのは・・・・・・バーボン・・・・・・。

ふと顔をあげた彼の目と、彼を見つめるあたしの目が、初めて正面からぶつかり合った。
彼がわずかに微笑み、あたしも目だけでそれに応える。
わずかな間に、あたしはすっかり、オトナになっていたの。


彼の手が静かに伸びてきて、軽くあたしのほほに触れる。


その瞬間、あたしはその手を、その手の持ち主を、どんなことをしてでも手に入れたくなった。
そして同じ思いを、あたしに対しても持ってほしいと願った。

ありのままのあたしを、ありのままに受け止めてほしい。
この優しい手の持ち主に。



姉さんみたいに自分を上手に演出することなんかできないあたしは、それまでのありったけの思いを込めて、彼の目を覗き込んだ。

どうか、どうかこの思いが届きますように。

それから思い切って彼のひざに、そっと手をのばした。
手は、どんな言葉よりも多くの思いを、相手に伝えてくれる。
そうあたしは信じたし、あたしにはそれ以外、あたしの心を伝える方法を知らなかったから。




彼は驚いて、いつもと違うあたしを見つめた。
それから、びっくりするほど暖かい柔らかい笑顔を見せ、緊張で震えているあたしの背中を、その震えがとまるまで、何度も、何度も、撫でてくれた。

ライティング・デスクの上の、マスターご自慢のウェストミンスター・クロックが、11時を知らせる鐘を打ちはじめる。
彼は立ち上がり、カシミヤのコートを取って、ごく自然にあたしを振り返った。




彼がドアを開ける前、マスターが軽く手をあげて、あたしに、ちょっと寂しげなウィンクを送ってきた。
あたしがもう、<ブルー・キャット>には帰ってこないことをわかってるみたいに。



あたしたちは連れ立って店を出た。



外は、夕方からのみぞれが雪に変わり、彼の車の屋根にはもう、うっすらと雪が積もりはじめている。

彼がドアを開け、照れて、おどけた身振りで手招きする。
あたしは少しもためらわず、助手席に乗り込んだ。


ヒーターが効いてくると、緊張しっ放しだったあたしの神経がゆるんできた。
小さなあくびが何回も出て、まぶたが重くなってくる。
襲ってくる眠気と必死で戦っているあたしに気づいた彼が、笑いながら頭を撫でた。


「お眠り、リリィ。着いたら起こしてあげるから」


全身が幸福感に満たされていく。
まだ一度も呼ばれたことのなかったあたしの名前。
ちゃんと、覚えていてくれたんだ・・・。

今日から始まる彼との生活。
あたしはもう、あの<ブルー・キャット>の冷たくて硬いビニールのスツールの上で、彼が来るのを待たなくていい。
これからずっと彼のそばで、彼と一緒に生きてゆける。


あたしは喜びをこらえきれず、とうとう彼のひざの上に飛び乗ってしまった。





そしてその温かい胸に思い切り頭をすりつけながら、自分でも信じられないくらい甘い、甘い声で、こんなふうに啼いた‥‥‥。

























      ミャァーオォォォ‥‥!

     
      



                    ― 完 ―



(あとがき)

 いきなりラストから読む、なんてことをせず、私の仕掛けを楽しんでくださってありがとう。作者として、心から感謝します。

さて、最後まで主人公の正体に気づかなかった、純真無垢なあなた。
苦労して書き上げた甲斐がありました。
作者冥利に尽きます。
ありがとう。
騙されて楽しかった感想をくださると、おだてに弱い私は、いい気になって、また机に向かいます。

なに、すぐに正体がわかったよ、という、推理上手なあなた。
後学のため、どのあたりで気づいたか、ぜひお教えください。
それを参考に、また新しい作品に取り組みます。

くだらん、つまらなかった、と思われたあなた。未熟者ですみません。あなたに喜んでいただける、もっと面白い作品を書きたいので、ぜひご意見をお寄せください。
それを参考に、いま以上にがんばります。

余談ですが・・・。

この作品は、第七回「ゆきのまち幻想文学賞」で賞を頂いた作品です。


それから‥‥、

高校2年生のイラストレーター ・ SASUKEさんの作品、いかがでしたか?彼女とは偶然、so-netブログで知り合ったのです。
そして・・・コラボレート。

彼女の挿絵、お気に入られましたら、ぜひぜひコメントしてあげてくださいませ。もう一度 URLを載せておきますので(笑)

      http://jumpingjack-192.way-nifty.com/blog/


[余談ですが・・・・・]

so-netブログに、自己紹介やエッセイ、小説、詩などを載せています。一度、お立ち寄りを。

http://blog.so-net.ne.jp/witch-vill/

mixiブログでは、シナリオ・ライター時代に始まる、私の物書き人生のあれこれについて、書いています。

ヒマと時間のある方は、どうぞ。


オマージュ①「太陽にほえろ」 ― 『物書きの独り言』 9

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=597438335&owner_id=14340455


オマージュ②前編「ルパン三世」 ― 物書きの独り言10 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=602698822&owner_id=14340455


オマージュ②後篇「ルパン三世Ⅱ」 ― 物書きの独り言11
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=608836494&owner_id=14340455


そのほか、こんな話も・・・・・・・。


いま物書きを目指している方へ。
あくまでも、私の私的体験談、ではありますが、もし「書くこと」について悩んでいらっしゃることがあったら、以下の内容を、何らかの参考にしていただければ幸いです。          

■作家は『世界を創る』―物書きの独り言 4

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=582683103&owner_id=14340455

■登場人物たちを創る―物書きの独り言 5 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=586972265&owner_id=14340455

■「ストーリー発想」について。―物書きの独り言 6 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=588906320&owner_id=14340455

あくまでも、ヒマと時間のある方に限ります。

結構長い長ーい内容ですので(笑)















      『遅すぎた ラブレター』





      元気ですか。僕はいま、山にいます。



                遅すぎたラブレター①


あの夜、お互い振り向かずに歩いていこうと言っておきながら、僕は結局、振り返ってしまった。

君は きっと振り向く、と思ったから。


半ばは君のために、と振り返った僕の、そういう傲慢さを見透かすように、君は見事に一度も振り返らず、あの街の雑踏の中に消えていった。


君の中のそんな強さを、僕は知らなかったということか。




それにしても、七年という歳月は、僕らには長すぎた。


あれほど愛おしかった君の笑顔が、いつのまにか空気のように薄く、透明になって見えなくなって。


君に言われるまで僕は、自分がときどき 、ぼんやり遠くを見つめるようになっていたことにすら、気づかなくなっていた。

 

君は、どうだったのだろう。



遅すぎたラブレター②


僕は山が好きだ。霧の中を細く、長く続いていく草の道を、ひとりで黙々と歩くのが好きだ。

でも二人で居るころ、そんな話を君にしたことは、一度もなかった。


怖かったんだ。


ひとりで、という僕の言葉を、君が誤解することが。

 

いま僕は、その草の道を歩いている。

君と暮らした、七年の日々を考えながら。



遅すぎたラブレター ③


霧の中の道は僕を安らがせる。

まるで水の中に居るように。

自分の重さを、感じない。

音が消え、時が消え、迷いが消えて、少しづつ自由になる。

行く先も、来た道も見えないことが、ここに居る自分、と云うやつを感じさせてくれる。


僕は、霧と同化し、心だけになって歩いた。


何も見ず、何も考えず、自分の歩幅と歩調で歩こうとした僕は、そのときふと気がついた。

僕の歩き方が、もう、昔と同じではないことに。


思い出した。

君は、僕の足取りに合わせ、僕も、君の歩調に合わせて、七度の春と夏と、秋と冬を、一緒に歩いたことを。


僕らはいつのまにか、どちらの歩き方でもない歩き方で、二人の時間を歩いていたんだな。


僕はこれから、この歩き方で、僕の人生を歩いていく。

君もきっと、僕たちの歩き方で、君の道を歩いていくだろう。


君は、気づくだろうか。

二人で暮らしたことの、こんな小さな証に。



遅すぎたラブレター③―2



一方的な僕の思い出話を、少ししてもいいかな。

 

僕は君が、とても好きだったよ。

君と居ると安心できたし、安らげた。

でも君は違っていたようだ。


君は、僕と居るとき、いつも不安そうで。

僕が、君と同じ気持ちでいるかどうか、いつも確かめたがったし、僕の本当の気持ちを、知りたがった。

それが何故なのか、僕にはわからなくて。

繰り返される君の質問に、答え続けることが苦痛だった。


君が覗いた僕のスケッチブック。

そこに君の姿が無いことを、君は悲しんだけれど。

僕には描く必要が無かったんだ。

君はいつも僕の心の中に居たから。


そう、あのころは確かに・・・。



遅すぎたラブレター③ー3

いつかきっと抜け出そう、と話し合った僕らの部屋。


夏は西日が当たって蒸し風呂のようで、冬は隙間風に肩をすくめた。

でも僕は、けっこう気に入っていたんだ。

僕のTシャツだけを身につけた君が、狭いキッチンで淹れてくれる紅茶を飲み、ふくら雀のように重ね着して、小さなストーブの側でうたた寝している君を、不意に抱きしめたあの部屋の暮らしが。



遅すぎたラブレター③ー4


覚えているかなぁ、僕らの自転車。

中古だったけど乗り心地は良かったじゃないか。

二人でよく夕食の買い物に行って。

日曜日は遠くの公園までサイクリングし、暇さえあれば、後ろに君を乗せて近所中を乗り回したよな。



遅すぎたラブレター④



僕らは何も無いなりに、二人の時間を楽しんでいたと思う。

なのにどうして、あの生活が色あせてしまったんだろう。



          遅すぎたラブレター③ー6



初めてのバイトで君に買ってあげたハムスター。

可愛かったけどちっとも懐かなくて。

すっかり関心を失くしちまった僕とは反対に、君はムキになって世話をしてたっけ。

三年ほどであいつが死んで、そのころ僕らは卒業して、就職して・・・。


遅すぎたラブレター⑤

仕事の帰りに、毎日待ち合わせした駅のプラットフォーム。

君は、君より少し遅い僕を待ちながら、いつも文庫本を読んでいたよな。

本棚いっぱいの、君の本たちのタイトルを、僕はいま、ひとつも思い出せない。


なぜだろう。


遅すぎたラブレター⑥



あのころは、散歩もよくしたな。

金も無いのに、古い家の写真を撮ることが好きだった僕の、我儘なご近所撮影旅行に、君は無理して付き合ってくれたのかもしれない。


君は写っていないけれど、あの頃僕が撮った写真には、どれも君が居る。

笑ったり、怒ったり、すねたり。

疲れたと言って座り込んだり・・・。


僕にしか見えない、君のポートレートだ。



遅すぎたラブレター⑦



古い一軒家を撮っていたときの事を覚えているか?


『子どもが居ない家って、洗濯物、少ないのよね・・・』


君のつぶやきに、僕はなんて答えたんだろう。



遅すぎたラブレター⑧


家の裏手にあったブランコを見つけた君は、ヘンにはしゃいで、こんなことを言った。


『まだ使えるわね。もし子どもが出来たら・・・』


その後を飲み込んだ君の、本当に言いたかった言葉が、僕にはちゃんと聞こえていたけど。

僕は、あまりに若すぎて、未来も遠すぎて、君を喜ばせる言葉や、安心させる言葉を、不用意に口に出来なかった。

だから聞こえないふりをして、黙るしかなかった。



遅すぎたラブレター⑨


道が途切れた。

この沢を渡っても、もとの道には戻れないかもしれない。


君が居たら、とめるだろうな。

そして僕の頑固さに、また泣くんだろうな。

 

でも僕はこの道を行こう。

この道を信じよう。



遅すぎたラブレター⑩



新緑が僕を包む。

余りに明るく透明で、余りに鮮やかな若葉の輝きが、かえって僕を不安にさせる。

まるで、無理して笑っていた、君の笑顔のようだ。

信じろ、と自分につぶやいた。

信じるべきだ、と。


道はまだ見つからないが。 



遅すぎたラブレター⑪



苦しいな・・・。

でも、もう少し、あと少し、歩いてみよう。

僕は、自分の本当の限界を、知るべきなんだ・・・。




遅すぎたラブレター⑫


君の側に居た頃、僕は自分の無謀さを、胸の底にずっと押し込めていた。

君を好きだったから・・・。

君を失いたくなかったから・・・。


でも、あれは嘘だったと思うよ。

最後には我慢できなくなるほど、僕は僕でしかなかったものな。


嘘をついて、僕ではない僕を愛してもらうより、ありのままの自分を、君にわかってもらう努力を、僕はすべきだったと思う。

たとえそれが君に通じなくて、別れることになったとしても。

それが僕という人間の誠実さの結果なら、自分なりに納得して受け止められただろうから。


どんなに言い訳したって、あの夜、結局振り向いてしまった僕は、君に最後まで嘘をついたということだ。


君は振り返らなかった・・・。


それが君の誠実さ、君の生き方だったことに、いまやっと気がついたよ。


君はいつも、聞きたいことを懸命に聞き、知りたいことを必死で確かめようとした。

たとえその結果、僕に疎んじられるようになったとしても。



遅すぎたラブレター⑬



君はいつも恐れなかった。

どんな姿であれ、ありのままを見せようと頑張った。

君のほうが、ずっと正直で、誠実だったよ。


なのに僕は君に、僕と同じ嘘つきになることを求めていたんだな・・・。


遅すぎたラブレター⑭

道に・・・出た。


この橋を渡っても、道は頂上に続くとは限らない。

でも、僕はこの道を信じるよ。


『みんなが安全だという道より、あなたが歩きたいという道を信じて、歩けばいいじゃないの』


そうだよな。

今頃になって、君の言葉の意味がわかるなんて。


霧に包まれて、一人で自分を確かめることなど、無意味だった。

自分の不安のために、何も言わないという安全な嘘を、自分に向かってつくことも。


頂上には、きっと答えがあると思う。

振り返らなかった君のお陰で、どこかが少し変わった僕の、今日の答えが。



遅すぎたラブレター⑮


        元気ですか。僕は今、山にいます。


いま、やっと霧から抜け出しました。

見えなかった峰々が姿を現しています。

山を下りたら、出すつもりの無かったこの手紙を、君に出すつもりです。

一箇所の訂正も、修正もせず。


遅すぎたかも知れないけれど、もう一度君に振り返ってもらうために・・・。

 

                            ― 完 ―    



   この小さな物語は、私のs0-net ブログの写真詩でコラボレートしている「ドン亀」さんへの、ささやかなオマージュです。登山が好きで、自然が好きで、東京から信州の山形村に、奥さんと共に移住して12年になる、多分少し頑固者のブログ・メイト。まだ一度もお会いしたことは無いけれど、だからこの物語の主人公のモデルではないけれど、彼の発表したモノクロ写真から受けたイメージを紡いで創りあげた全くのフィクションではあるけれど、私の中にうっすらと浮かび上がるドン亀氏のイメージに向かって捧げる、心からの贈り物。彼の、筋の通った写真がなかったら、紡げなかった物語です。お読みくださる皆様の、率直な感想をいただければ幸いです。

  ドン亀氏のURL → http://blog.so-net.ne.jp/trout/


[余談ですが・・・・・]

so-netブログに、自己紹介やエッセイ、小説、詩などを載せています。一度、お立ち寄りを。

http://blog.so-net.ne.jp/witch-vill/

mixiブログでは、シナリオ・ライター時代に始まる、私の物書き人生のあれこれについて、書いています。

ヒマと時間のある方は、どうぞ。



オマージュ①「太陽にほえろ」 ― 『物書きの独り言』 9

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オマージュ②前編「ルパン三世」 ― 物書きの独り言10 

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オマージュ②後篇「ルパン三世Ⅱ」 ― 物書きの独り言11
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そのほか、こんな話も・・・・・・・。


いま物書きを目指している方へ。
あくまでも、私の私的体験談、ではありますが、もし「書くこと」について悩んでいらっしゃることがあったら、以下の内容を、何らかの参考にしていただければ幸いです。          

■作家は『世界を創る』―物書きの独り言 4

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■登場人物たちを創る―物書きの独り言 5 

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■「ストーリー発想」について。―物書きの独り言 6 

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=588906320&owner_id=14340455

あくまでも、ヒマと時間のある方に限ります。

結構長い長ーい内容ですので(笑)