八戸でドキュメンタリー映画を撮っている女の子がテレビに出ていてインタビューのなかで、『事実』を撮りたいという言葉、(タイトルは関係なし)父や震災後の事物を見つめていると今を語っていた。

心がつうじること。

被災地でフィルム写真が津波にのまれ、汚れてしまった写真の洗い方をボランティアや富士フィルムが教えているという記事を目にし改めて思い出を守るということが大事になってきていると気づく。
自分が旅先でとっていった風景や人、写真を手にとってみるわけではないが思い出してくる写真の数々、おばちゃんに送った今では手元にはない写真、妹の結婚式での家族写真、あまり思い出したくない写真。

これからもそういう気持ちがおこるんだろうか。

今をどうやったら意味がつけれるのかと考えたことがある、実感とは経験だけのものなのだろうか、人生に意味をもとめるのでもなく、そんな忙しくすごす日々を過ごしながらふと、『人間は誰しも心のなかにアウシュビッツを持っている。でもあなたが人生に絶望しとも、人生はあなたに期待することをやめない』という言葉を思い出す。
それでも思い出したり人生に意味を持たせようとしたり後をふりかえってみたりする。

あしたは朝8時。