前回のブログで、山中湖から道志みち(国道413号)を通り 帰路に就いたのですが~

道志みちを抜けた先の急カーブのところで、車ごと突っ込みそうになったかと思ったら、
突然、何者かが、助手席に 「バサッ」みたいに乗り込んで来た(イメージ)!

横目な感じで意識すると、
なんだか、ジッと こっちを見ている ご様子。。

鳥肌を立てながらも、思わず、
「何、乗って来ちゃってんのよ~
そういうの 止めてくれるーーっ!」

とか何とか言いながら、
「あのね・・
だって、あなた、お迎えとか来なかった?・・」云々、
あれやこれや、私的、霊的な概念を お伝えした。

すると、
その霊な方が、「えっ?」みたいな表情になった印象が、ちょっぴり、可笑しかった。

例えて云うと、頭から血とか流している感じの おどろおどろしい幽霊な方が、
突然、「えっ?」みたいに、キョトンとした(一瞬、我に帰った)表情になったからです。

そして、
「ね? 分かったね?」とか言いながら、
お約束の?真言などを唱え、誘導させて頂きました。

地元 近くまで来ると~
いつの間にか、気配が消えていました。

果たして~
本当に、お役に立てたのかは、分かりませんが。。
(^o^;)

今、思うと、
もしかしたら、私が、突っ込みそうになったカーブ辺りで、いつも誰かを誘っていた霊な方なのかもしれません。

ただ、一つ気になるのは、
助手席に乗って来た時に、悲しみなどの感情が伝わって来なかったことです。

ひょっとすると、
人霊ではなく、イタズラ好きな自然霊(妖怪?)の可能性も否めません。。
分かりませんが。。


※私の文章は、ふざけた感じになっておりますが、
決して、霊的な存在を軽んじている訳ではありません。
とはいえ、霊な方に対する 過度な同情&同調は、危険です。。



11月6日、久しぶりに 優しいエナジーな山中湖へ♪

朝の山中湖。

まるで、摩周湖? 雲海状態でした。

昼前に、いつものポジションに到着すると、



真っ青な感じ~ピーカンです!
♪ヽ(´▽`)/


いつもな水鳥さん達♪

山中湖を後にして、恒例の河口湖の浅間神社さんへ向かう途中~
なにやら、お腹の調子が。。(^^;

急遽、北口の浅間神社さんへ♪


「クソ へ ココダクノ罪をお赦し下さい・・」
とか何とか言いながら、WCを失敬!

北口の神様、救われました~ありがとうございます♪
m(__)m

河口湖の浅間神社さんに到着。





この度も 初めて足を運んだ時に現れた、あの お茶目な感じの 女神様のお姿が~♪

失礼ながら、拝殿辺りを撮影させて頂きました~
が、
何にも写っておられませんっ!

やっぱり、妄想かっ?!(笑)

最後に、再び山中湖へ戻り、富士山を拝す。。


なんだか、いつもと違った感じの神秘的な光景でした。
♪ヽ(´▽`)/

相変わらずの水鳥さん達♪

富士山や山中湖(そこの自然~生き物達)に、
「また来るね~♪」
の祈りをして、その場を後にしたのでした。。

帰りは、珍しく(初めて)、道志みち(国道413号)を通りました♪

途中、道の駅に立ち寄り、思わず衝動買い~

なんて、素敵なネーミング♪

そして、

猪カレー!


先月、引き出しをガサゴソとやっておりましたら、こんな物が。。



これは、その昔(30年くらい前)、ある宇宙哲学を研究するグループのセミナーに よく足を運んでいた時に購入したバッヂです。
懐かしい~♪

文字のようなものは、金星(宇宙)の文字?で、
宇宙の父性原理と母性原理を表しているそうです。


母性といえば~
私は、母性(ある意味、女性性?)は、とても大切であると考えます。

以前に、
「心が変わらなければ、治ることはない・・」
みたいなことを書きましたが、現代的な女性の病の流行は、たおやかさ だとか 優しさだとかも含め、母性的思考や振る舞い~その想いを表す機会の減少と比例しているのでは?と、感じたりしております。

一頃、スピリチュアル的な方々の間では、
「女神パワーの復活」など、女性的エネルギーが重視されましたが、
それも、上記のことを心配した?見えない存在達からのメッセージであったのかもしれません。

因みに、近頃のニュース(出来事)などを通して、ポジティブとネガティブの両面から 母性的思考への促しがあったように推測します。

そうなんです~
重要なのは、女っぽいとかいった女性性を越えた「母」の部分~
「母性的な想い」~その心の在り方であると考えられます。

かといって、それは、結婚や子育ての有無が問われるものではなく、
あくまでも 原理から来る想いによると思われます。


母性が大切であると申しましたが、
もう一つの理由として、実は、男性にも母性的思考が必要であると思っているからです。

やはり、ポイントは「想い」~
「想い」は、「母性的」であるように思います。

優しさや たおやかさ、配慮や思い遣りなど~
意識的に俯瞰出来る心の状態、その要素は、これから、とても重要になって来る筈です。

因みに、ちょっぴりネガティブですが~
昔は、仕事でもなんでも 人々の交流に於て、
「思い遣りの跡(形跡)」
というものが見られたのですが、現在、これをあまり見ることが出来ません。

「思い遣りの跡」というのは、
「配慮の跡」と申しましょうか?
優しくも 想いに溢れた 置き手紙のようなものでしょうか?
(上手く表現出来ませんが~)

母性が重要とはいえ、
勿論、女性が父性を表現することもありますし、
宇宙、自然界の理に於ては、男性性と女性性の表現や基本的役割があることは、云うまでもありません。

ただ、
母性原理は、「産む(創造する)」ことや「育む」ことにも繋がり、
これを失うと、この世界が、「産む」ことも「育む」ことも出来なくなり、滞ってしまう恐れがあります。

それこそ、社会的に 新しいオモチャが次々に産まれ、又、便利さを追求しても、原理的視点にては、何も変わっていないのかもしれません。

つまり、ある種の混乱は、
宇宙(自然界)の法則と 個々の振る舞いと 心(意識)の在り方との不一致による結果であると思われ、
それを知らせるメッセージであるのかもしれません。

また、母性が大切であるとはいえ、
やはり、父性原理と母性原理のバランスは重要であり、
そのバランスの関係(心の在り方)は、そのまま社会や自然界に影響すると考えられます。

そして、偏りは、神(創造主)から私達を遠ざけます。

因みに、異なる2つのものが出逢う(合わさる)ことで、科学反応が起こるという理にもなっているようです。

色々と矛盾しているように思われましょうが~
あくまでも、原理的(エネルギー的)視点をベースとしている為であり、
思考や行動に至る 動機の在り方~「真(本質)」の部分を基準としております。

更に、ポイントは~
私達は 元々、「魂」が本体であるという概念を基本としているということです。
(魂という言い方も、実に大まかですが~)

私達は、様々な肉体を経て旅を続けている存在であると云われています。

よく、両性具有っていうのでしょうか?
神に近づく程、男性と女性の両方の特長が表れているというような像などがありますが~
あくまでも 私的に、それは、原理的(意識的)に父性と母性の両面を備えていること~
そのバランスが自身の中で正しく取られていること~
という象徴ではないか?と、捉えております。

近頃では、自分本位的な心の姿勢が多く見られ~
意地悪な人々とか 負けず嫌いみたいな人々とか 攻撃的な人々などが、急増しているように感じます~
それを父性的エネルギーの増幅というのか?どうか?は 分かりませんが、
やはり、母性的エネルギーが 自身の中で退化してしまわないように、
私達は、絶えず 意識する必要があると思われます。

私達、魂の存在である一個人それぞれが、自身の中で父性と母性のバランスを上手く取ることが可能になれば、
諸問題も防止(予防)、解決出来るようになるのかもしれません。

ゆえに、私達は、転生に於て 男性と女性の両方を経験して来ているのでしょう。


「・・罪を犯したことがない者から 石を投げなさい・・」
みたいなことが聖書にありますが~
私は、この言葉の背後に転生の概念を感じます。

誰もが、過去生で罪を犯して来ており、
私達は、それ(失敗)を智に変えながら、魂的に成長して来ている筈です。

それは、男女云々に限らず、両面を理解すること=神(創造主)に近づくことなのかもしれません。

たとえ、私が人生あと僅かな状態に置かれたとしても、
最後の瞬間まで 想いを込めて参る所存です。

私達は、魂の存在~
現状、老いても(私は まだですが)~
私達は、再び 新しくなれるからです!

ただし、最後まで シッカリと生き抜くことが条件であるようです。


※以下は、メッセージなのかは分かりませんが、浮かんで来た言葉です。


1・宇宙的な父性エネルギーを受け、産み、それを育んでいるのが、
母性的なエネルギー~例えば、それが、母なる大地~地球であったり、他の惑星であったりします。

2・母性的思考~振る舞いは、無償(の愛)の状態でもあります。
ゆえに、私を分かって欲しい(理解して欲しい)といった
感情的思考(依存心)~振る舞いから決別しなければなりません。
ただ、与える(想いを込める)こと~
かといって、犠牲的精神とも異なります。
それは、地に足を着けた(真理に根差し、御心に沿った)奉仕的意欲とも言えるかもしれません。
たとえ、身内が、あなたを疑うようなことが あったとしても 与え続けて下さい。
あなたが、真理(御心)の内にあるならば、必ず、身内(家族)は、あなたを理解し、尊重することになるでしょう。
それこそ、親(あなた)の背中を見て育つのです。。