私の住む埼玉県川越市は、今、桜が満開です。
今回の震災で、埼玉県には被害が全くありませんでした。
今は計画停電もなくなり、普通の生活に戻っています。
いつもの春と違うのは、スーパーやコンビニが節電の為に照明を落としていて薄暗いのと、スーパーで牛乳や野菜などが品薄なくらいでしょうか。
でも、私の目に映る景色は、3月11日以前とは全く違うように思います。
(壊滅的な打撃を受けた被災地の方々、復興に向けて頑張っていらっしゃる方々、また原発で危険な作業に当たられている方々がいらっしゃるのに、安全な地にいる自分がこんな事を申し上げるのは本当に申し訳ないことだとは思います。)
あの日、川越もかなり強く揺れましたが、私の家では破損したものもなく、積んでいた本が崩れたり、飾っていた人形が倒れた程度でした。
日を追うに連れ 、被災地の悲惨な現状に息を呑み、大自然の脅威に深く戦慄いたしました。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。また被災された方々に心よりお見舞い申し上げ、被災地の一日も早い復興をお祈りいたします。
また、原発の最前線で命を賭けて従事している方々に深い尊敬と感謝を捧げます。
8年前、私は東京のフランス語学校に通っていましたが、フランス人の先生が「東京は世界で一番快適で便利な都市」と言っていました。東京生まれの私は、子供の頃からずっとその快適さ、便利さを享受してそれを当然と思っていました。
首都圏の電力が地方で作られていること、私達首都圏の人間が享受している快適さは地方の負担の上に成り立っていることなど考えもしなかったのです。原発の危険は頭では分かってましたが、今回、こんな問題が起きるまでは敢えて考えないようにしていたように思います。世界唯一の被爆国である日本に生まれて、放射能被害の恐怖は小さな頃から教えられて来たのに。そして地震国の日本で、原発事故は起こるべくして起きた 、と思います。
福島県のキャベツ農家の男性が、野菜の出荷停止の翌日に自ら命を絶つという痛ましい事件がありました。18歳の時から農業一筋に生きてきた64歳の方です。「おやじはあの事故に殺されたようなものだ」。跡を継がれたご子息の言葉です。私は思います。私も同罪だと。
今回の事故で、無知は大きな罪なのだ、と思い知りました。心の底から恥じています。
福島原発の一日も早い収束を祈っています。そして安全な日本の為に私に何が出来るかを考えようと思います。
また、被災地の復興のために、微力ながら私にも何が出来るかと考えています。
未曾有の国難に襲われた今 、混乱していて、取り留めのないことばかりで申し訳ありません。
無知で愚かな私の文章にご不快を感じられた方にはお詫びを申し上げます。
でも今の私に考えられる精一杯のことなのです。
震災で尊い命を落とされた方々 の喪に服し、一年間、本ブログは休止いたします。
東北地方の皆様に笑顔の戻る日を心の底から祈ります。













