同志社女子大学ラクロス部【公式】

同志社女子大学ラクロス部【公式】

関西2部リーグ所属

25年度スローガン「超」
25年度目標「二部定着」

部員の熱い想いを載せています。

まずはじめに保護者の皆さま、OGの皆さまを始めとする同志社女子大学ラクロス部に関わってくださるすべての皆さまに深く感謝申し上げます。いつも応援いただき本当にありがとうございます。皆さまの応援、サポートが間違いなくこの一年私たちの活力となり、最後まで走りきることができました。

今後とも同女ラクロス部の応援をよろしくお願いいたします。



2025年度主将を務めさせていただきました、MGのすみです。


ついに私も引退ブログを書くときが来たのかぁと思いながら、このブログを書いています。

ここに4年間の全てを書く事は難しいですが、私がこの4年間どんなことを考えながら走り抜けてきたのか綴っていければと思います。


文才もなく話をまとめるのも苦手な私ですが、一生懸命書いてみたので、お時間のある方は最後まで読んでいただけるとうれしいです😌




2022年春。

愛媛県の田舎から関西に飛び出してきて始まった大学生活。

家族が大好きな私にとって、見知らぬ土地での一人暮らしはとてもとてもしんどくて毎日のようにお母さんに電話しては泣いていたのを覚えています。


そんな時にお母さんが見つけてくれたのがこのラクロス部のアメブロ!

この部活なんか楽しそうよ、と教えてくれたリンクからアメブロに飛んでみると先輩たちのブログを読む手が止まらなくて、すぐにラクロス部に魅力を感じていました。

さらに私のビックシスターだった当時3回生のれいさんもなんとラクロス部!もうこれは運命やん👀と思って、れいさんにラクロス部の見学に行きたいです!って勢いでLINEしてました。笑


実際に体験会に行ってみると、先輩たちは本当に優しくて、すごくキラキラしていて、、

マネージャー経験はありませんでしたが、この部活だったら4年間すごく楽しくなりそう!こんな素敵な先輩方をマネージャーとして支えたい!と思ってすぐに入部を決めました。


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ここでなぜ私がマネージャーになりたいと思ったのか、その理由を少しだけお話しさせて貰います。👀

昔からなぜか学級委員長や体育祭の団長など人前に立つことが多く、リーダー的ポジションを任せてもらっていたのですが、盛り上げるのが苦手だったり人を統率するような役割がずっと自分には向いていないなぁと思いながら過ごしてきました。

高校で生徒会に入って、副会長として会長をサポートするポジションになったときに、私に向いているのはこっちやん!と気づきました。最前線で頑張る人を後ろからサポートすることの魅力を知り、漠然と大学ではマネージャーとかやってみたいなと思うようになりました。それが私がマネージャーを目指すようになったきっかけです。

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入部式で同期となる3人えみらんひまに出会いました。

人見知りを発動してしまって初めはぎこちなかったけど、すぐに打ち解けて3人のことが大好きになりました。

今でも遊びに行こーと言える関係が続いていてうれしいです☺️(ただし、全然全員で集まれてないのでそろそろ4人で会おうね笑)


入部してからはみんなに会えるのが楽しみで、ラクロスが好きというより、先輩や同期に会いに行くために部活に行っていたように思います。


マネージャーとしては、そもそもラクロスという競技がわからない、マネとしての仕事も全然うまくこなせない、と上手くいかないことが多く落ち込む日もありました。でもひまやりりぃさんぽてさんとお話しするのが楽しくて頑張れていました。


そんな時にひまから部活を辞めたいと相談された時は、同期マネがいなくなる寂しさと不安で引き止めたい気持ちが大きかったです。でもひまの意見を尊重したくて引き止められませんでした。1人になったことで部活に行く足取りが重くなったり、本当に4回生まで頑張っていけるんやろうかと悩んだりするようになりました。

ですが、周りを見ると上手くなるためにたった2人でも頑張っている同期や、リーグ戦で勝つために練習に励む先輩プレイヤー、そしてマネージャーとしてチームのために頑張るりりぃさんとぽてさんの姿がありました。

みんなのサポートがしたいと意気込んで入部したのに何しとんや!と自分に喝を入れて踏ん張ることができました。


その後、ぽてさんがなんとゴーリーに転向。チームのマネージャーはりりぃさんと私だけになりました。

この頃からマネージャーとしてチームから求められることも多くなり、毎回の練習で常に忙しく動き回っていました。りりぃさんも同期マネがいなくなり不安を感じていたはずなのに、いつも私のことを気にかけてくれて一緒にいてくれました。りりぃさんがいたから、りりぃさんが常に全力で選手に向き合っていたから、私もそんな姿に憧れて頑張れるようになりました。


マネージャーとしてチームのために何ができるのかいつもりりぃさんと相談していろんなことを試しました。

ビデオの撮り方やタイム管理を工夫してみたり、それまでなかった救急バックを作ってみたり、氷も水もない一町田練では家で氷を大量に作って激重クーラーボックスと大量のスクイーズを持っていったり、

こうやって文字に起こすと他大のラクロス部では当たり前のこと、小さなことかもしれないけど、少しずつチームの練習環境を良くしていくことができました。選手からもありがとうと言ってもらえるとみんなの役に立てているんだと思えてすごく嬉しかったです。


そして3回生。

相変わらずマネージャーはりりぃさんと2人だったけど、2人だからこそベストコンビとして(勝手にこんなこと言ってごめんなさい笑)頑張ることができました。

阿吽の呼吸でお互いのしたいことがわかったり、連携が超スムーズに取れたりした時は気持ちよかったです!笑


6月には2回生の頃からりりぃさんに憧れて、私もチームに技術面でも貢献したいと始めた審判も無事に昇級することができました。

当時、3部の学生審判員がりりぃさんと私だけだったの、実は内心とっても誇りでした。🌟

りりぃさん、さくさんお世話になりました!!

マネージャー業務だけではなく、審判員としても組織練などでファールケアができるようになって嬉しかったです。(きっと誤審も多かったと思いますごめんなさい💦)




もかさん率いる24チームのリーグが始まって、負け知らずのブロック戦。

ブロック1位で迎えた3部順位決定戦では勝てば2部自動昇格、負ければ2位で入替戦。

絶対に勝てると思っていました。

結果は惜敗。悔し泣きする部員の姿を見て、私も涙が止まらず、その日は一日上の空でした。

でも週明けの部活では、悔しさをばねに気持ちを切り替えて、全力で練習に励む先輩の姿がありました。入替戦まで1週間しかない状況で、1秒も無駄にしない、勝つことだけを考えてプレーするという緊張感は今でも鮮明に覚えています。

マネージャーとして、入替戦を迎えるにあたってみんなが怪我をしないように万全の状態で試合に臨めるようにと考えながら仕事をしていました。


ついに迎えた入替戦はあいにくの天気でしたがそんな事は気にせず、今までのどんな場面よりも集中しているみんながいました。

このチームなら絶対に2部に上がれる、そう信じた24チームの始動から約一年、フィールドで戦うわけではないけれど、私自身もとんでもなく緊張していました。

途中、怪我などのアクシデントもあり、不安な気持ちも大きくなっていましたが、4Qでの大逆転。

りりぃさんとの最後のベンチで勝利をつかむことのできた嬉しさは、他に例えようのないものでした。


それと同時に次は自分が一番上になるチームで2部で戦わなければならないことへの不安に押しつぶされそうになり、涙が溢れてしまいました。



ラストイヤーになり、自分たちが1番上になる代。

でも同期はえみと私の2人だけ。

25チームの始動ミーティングまで何度も何度も話し合いを重ねました。たった2人でどうやってチームを引っ張っていくのか、そもそもプレイヤーが1人しかいないという状況でどうすれば2部で戦えるチームを作れるのか。

そこで私が提案したのが【2人で主将になればいいやん】です。えみにはラストイヤー、プレーに集中できるような環境を作ってあげたかったから。

2人しかいないけれど、2人いるんだから、それぞれの得意分野でトップとしてみんなを引っ張っていこう、と2人で決めました。えみはチームキャプテンとしてチーム内のことを、私は主将として学内学外との連携や諸手続き(主務みたいなことですが)を役割として二人三脚で頑張ってきました。


そこからの一年は本当にあっっっっという間で、気づけばリーグも始まっている、そんな感じでした。


春に1回生が入ってくるまでは、マネージャーは自分1人だけでとんでもなく忙しかったです。

時間管理、動画、ファールケア、ボールケア、、

それに怪我人が出たらその対応など、今考えれば本当によく頑張ったなぁと思います。笑

(仕事が回らない時にはサポートしてくれたみんな本当にありがとう😌)

今まで2人でも大変だった仕事を1人でこなさなければならない、選手のために完璧にしないと、そう思い込んで1人で全部抱えてしまうことも多かったです。

自分に余裕がなくなって、練習中、時間が押しているときに強く言ってしまったりした時は、後から1人で反省会をしていました。


それに、本当に自分はマネージャーとしてチームに貢献できているのか、不安になって自信をなくしてネガティブになったりもしました。

練習中に急に涙が溢れてきて、みんなにバレないように隠れて涙を拭ったこともあったなぁ。


それでもやっぱり勝利のためにみんなのサポートを全力でしたいという思いはずっとあって、みんながプレーに最大限に集中できるような環境を作るために頑張り続けることができました。


どれも結局中途半端になってしまっていたのかなあと後悔する部分もあるけれど、マネージャーとして練習を回すだけじゃなくてファールケアや、トレーナーとしてアップとダウンのメニューの提案、ラントレなど自分にできる事は何かを考え続けて実行にまで移せたのは褒めてあげたいです。



そして、2部という今までと全く違う環境でも諦めずに頑張り続ける後輩達の姿はいつも私を奮い立たせてくれました。

最上回生がほぼいないチームで正直不安にさせることしかなかったと思うけど(だからこそ?)一人一人がチームの一員として頑張ってくれて、本当に自慢の後輩を持ったなと思います。


みんながいてくれたから、25チームは最後まで走り抜けられたよ!


26シーズン、25とは違うしんどさもあると思うけれど、みんななら絶対に大丈夫。たまには弱音を吐いてもいいからね。みんなには信頼できる仲間もいるし、先輩も応援してくれる保護者の方も、サポートしてくださるコーチさんもいる。のびのびと自分たちらしさを大切に頑張ってほしいなって思います。




正直、最後の結果は本当に悔しいし考えれば考えるほど後悔も出てきます。


けれど、ここまで頑張ってきたことが間違いだとは思わないです。

綺麗事かもしれないけれど、ラクロス部で得た挫折の経験は絶対にこれからの人生に活きてくるし、活かさなければならないと思っています。

スポーツは結果が全てだけれど、そこまでの過程で得た事は本当にたくさんあって、それはラクロス部に入らなければ絶対に経験できなかったことです。

4年間しんどかったけど、ラクロス部に入った事は後悔していない!入ってよかった!





さいごに。



れんとかろへ


この1年間マネージャーとして一緒に頑張ってくれて本当にありがとう。

2人には一回生なのに急いで仕事覚えてもらってたくさん負担をかけてしまってごめんねの気持ちでいっぱいです。でも2人がいたから自分も頑張れてきたし、2人と話す時間が大好きでした。

マネージャーってフィールドの中でプレーできないし、勝利に直接関わることができなくて、もどかしい気持ちになることもたくさんあると思う。

けど2人の声とサポートは必ずみんなに届いてる!

自分たちのやっていることを信じて頑張って欲しいなって思います。2人らしく2人の色を大切にしてね😌

しんどくなったらいつでも連絡してね。

ここで言うのも変やけど、マネ会したかったからやりましょう!笑3人で遊びに行こう!




りりぃさんへ


このブログを読んでるかわからないので伝わるかわからないのですが、

私はりりぃさんがいたから4年間走り続けることができました。感謝してもしきれません。憧れの先輩であり、自慢のパートナーです💕

2人で作り上げたマネージャーの文化も自慢の後輩にしっかりと託してきたので安心してください。

初代マネージャーとして語り継いでもらいましょうね!





マネージャーとして走り抜けた4年間。

プレイヤーのように点を決める喜びや、守れたときの喜びは感じられませんでしたが、

みんなの笑顔が私にとっての1番の喜びでした。

みんなのありがとうが私のやりがいでした。

素敵な経験をさせてくれてありがとうございました。



最後までお付き合いいただいた皆様ありがとうございました。これで私の引退ブログ、そして同女ラクロス部としての最後を締め括らせていただきます。


25年度主将 #MG すみ