入学式

昨日はダンス講師をしている通信制高校国際芸術学園の入学式でした!
祝演目披露ということで、式典の中で
歌、ジャグリング、ダンスなど、活躍されている方のさまざまなパフォーマンスを行っていただきました。
在校生、そしてBoxAcademy のMEGナンバー出演者にも協力してもらい、今回踊ってもらいました。
私もソロをさせてもらいました♪
今期の新入生は、オープンキャンパスなどでの初めての出逢い、そして入試の面接、など一緒に道のりを歩いてきたかんじがあり、
あらためて、入学式の式典で、スタート地点にたったんだと実感しました。
高校時代という大事な時期を、
充実したものにしてもらえるよう、誇りをもって過ごしてもらえるように、
夢の実現に近づくように、
私も全力でサポートしよう。
三年後、卒業時にはダブルでもトリプルでもくるくるっと回って、
先生どーよっ!!
って笑顔で巣立っていけるように。
ダンス技術だけじゃなくて、中身の深い人間性も養えるように。
これからが楽しみだー(^-^)

ゲストパフォーマーのアクロバットNARITAさん、いつもありがとうございますm(__)m
リング&ボールを使ったジャグリングパフォーマンスの KOMEIさん☆
超不思議なクリスタルボールのパフォーマンスをしてくださった MASAKIさん☆
またゆっくーりみなさんの歌やパフォーマンスみたいなっ☆☆☆
MEGA 2012 ~The Pulse~
ただいま発表会ソニック練☆から、全体リハへ~!
今年のMEGA Mad Girls ♪♪♪
まなみ
さやか
とも
あみ
りほ
なな
ゆか
ゆみこ
りえ
ゆみ
めい
みう
ももか
ゆかり
くるみ
Box Academy 発表会
五月五日、六日@練馬文化センター
先週から比べて一段とよくなりました!
タイトル今年は
~The Pulse~
鼓動、躍動、音の拍子、脈
ダンスで全身で躍動を奏でます!
本番たのしみです(^_^)
超スーパー入門クラスにもあたらしくダンスをはじめる人がけっこう最近増えています♪
ダンス一緒に楽しめる人が増えるのはうれしいでーす!

一昨年発表会でてくれた元祖メンバーなど、いまもレッスンきてくれてありがとー!
今年高校入学、や、やっと二十歳になる、などなど、
やっと一緒に飲めるのはたのしみだね~♪
可能性



毎年この時期は近所の桜がきれいです☆☆☆
かわいいにゃんこが近所にいて、これまたきゅんきゅんしてます☆☆☆
先日私のダンスの大先生にお会いしてお話する機会がありました。
先生に出会ってなかったらダンスをこんなに好きになっていなかったし、続けるきっかけになっていないと思うし、いまの自分はないんじゃないかと思う。
本当に偉大な師匠です。
当時も本番のステージももちろん楽しかったんだけど、毎回のレッスンだったり、まわりの人たちと一緒にいるのが楽しかったり、
合宿いったりお花見したり…
初めてダンスでギャランティをいただいたのも先生からでした。
すごく思い出深い。
そんな色んな素敵な時間を過ごさせてもらった記憶があります。
ダンス自体も大好きだし、ダンスを通じた色々な方との出会いや経験のひとつひとつが自分を成長させてくれた。
大きな影響を受けました。
最近はダンスの本質的なことを考えることが多くて、
ジャンルもあまり関係ないし、
地上だったり、空中だったり、
パフォーマンスするのが自分のときもあれば、
自分の振り付けを通してだれかが表現することもあり。
ダンスとはぜーんぜん関係ないかたちづくりをしようとも思ってる。
たまに踊る表現の壁にぶちあたるときもある。
声をださない、文字もつかわない表現だから。
好きなはずなんだけど、
壁にぶちあたるときはどうしようもない、、
どうしようもないときはほんとどうしようもない状態になっちゃう。
でも不思議とスイッチが入るときがきて、
つかれてるのに踊り出したり、する。
最近は、
また、
ダンスのエネルギーの可能性を感じています。
ばーちゃんになっても杖使って踊ってたいなー

陸前高田でのボランティア活動を通じて
こんばんわ。
3月9日~3月12日で参加した、岩手県陸前高田市でのボランティア活動の体験を書かせてもらおうと思います。
活動場所から離れた宿舎地域は、到着の次の日の朝、一面の雪景色でした。
バスで移動すること1時間半ほど、沿岸の陸前高田市に入りました。
奇跡の一本松としてよく報道されている一本松も、潮の被害のため、そう長くは持たないということです。
被害のあった地域に入りあたりを車内から見回した時、最初は正直一面の更地の意味がよくわかりませんでした。
例えば、北海道にある自然に囲まれた膨大な土地のように最初は映りました。
ショベルカーやトラックが作業をしている、、
道を進み、さらに目に入ってきたのは潰れた状態の家屋、ぺしゃんこになってひっくり返ったままの車、建物の土台のコンクリートがかろうじて残っているところ、奉げられたお花…川にかかる橋も流されていました。
あまりにも変わり果てただろう姿に、そこが建物や生活があった場所だったということと結び付くまでに、少し時間がかかりました。
もう少し行くと瓦礫の山が続いていました。
これもよく見ると、布団、家電、家具、、ぐちゃぐちゃになった状態ですが、生活の様子があったことがよくわかりました。
大きな瓦礫こそ撤去は進んでいるものの、更地のような状態に残る津波の痕跡から、被害の大きさと恐ろしさをかんじました。
瓦礫はニュースでも報道されていますが、全体の六パーセントしか進んでいないそうです。
一年で六パーセントって…
一ヶ所に集められているだけ…という印象です。
陸前高田市役所でお参りをさせていただきました。
海から約二キロ離れているこの場所でも、四階まで浸水している様子がわかります…。
ちょうど焼香させていただいた所から、ほぼそのままになっている内部の様子が見えました。
鉄骨に色々なものが引っ掛かって、垂れ下がって、内部はぐちゃぐちゃでどう言葉にしていいかわからない状態です。
色々なものが流れて入り込んでいるのでしょう…
壁にかかったままの市役所の掲示板、時計、…
無惨な状態なのに、壁に掲げられた、「捜索終了」の文字。
「終了」という言葉があまりにも苦しすぎました。
ただただ立ちすくんでしまい、
その姿を前になかなか身動きがとれずにいました。
何も、「終了」と呼べない、呼びたくない、そんな気持ちでした。
隣の市民体育館では、避難場所ということで集まってきた多くの方々が津波の被害にあわれたそうです…
テレビやネットで通じてみていたこの地域は、今までどこか自分と遠い感覚を感じていたけれど、全く自分たちと同じ、当たり前の日常があったところなんだということを身を持って感じましたし、
そんな日常と反する、現実のものと思えないような光景に、、
言葉が出ない状態でした。
防災のあり方の必要性も、、切に感じます。
一日目に行ったボランティア活動は、気仙町漁港の側溝に詰まった泥のかきだしとカキの養殖のお手伝いで、
3~4時間で30名程で10メートル少ししか出来ませんでした。
天候やボランティアの作業時間というのが決められているというのもありますが、体力がありあまってる私としてはもどかしい思いでした。
こういった手付かずの、後回しになっているけれど復旧が必要な場所がどれだけ
あるだろう。
訪れるボランティアの数は減ってきているようですが、機械だけでない人の手の力、必要なんだと実感します。
漁港の方に大量のワカメのお土産をいただきました。
温かさと笑顔が印象的でしたが、きっと私たちにはわからないようなものを乗り越え、もしくは抱えているのだと思います。
また会いに来たいな。
二日目、3月11日、
二日目には「桜ライン311」という活動に参加しました。
津波の到達地点に桜の苗を植えてラインをつなぎ、今回の震災の恐ろしさ、そして教訓を後世に伝えていこうというプロジェクトです。
開会式の場所となった木々に囲まれた場所でも、海から離れていますが、車が転がったままでした。
写真だと分かりにくいかもしれないですが、木々の上の方まで潮が来たということで、変色しているのがわかりました。
参加者がいくつかのグループにわかれ、ラインをつなぐよう、桜を植樹しました。
2時46分には海に向かい、まちに響くサイレンの音とともに黙祷をしました。
いつかきれいな花が咲きますように…。
帰路で気仙沼に寄っていただきました。
沿岸部には工場が多かったため、重油が多くあったためか、震災時には広域にわたる火災が報じられていた地域です。
今回一緒に活動した方々もお話していましたが、実際自分が見て体験したことを周りに伝えていくことが必要だと。
いっきに沢山の人を動かすことは難しくても、自分のまわりに伝えることは私にも出来ることかなと思って、文章力の無さには情けないですが書かせてもらっています。
陸前高田で見た、バスを利用したお店。
そして仮設、プレハブなどでお店を再開しているところも見られました。
苦しい中でも、前に進んでいく、という、力強さを感じます。
建物や物理的なことだけじゃなく、
そこにある、貴重なたくさんの財産があったことだと思います。
産業、商業、文化活動など、、 目に見えない人間の培った大切なものや想い。
一年という月日を経て、これから報道が減るんじゃないか、とか、風化が進むんじゃないかと被災地では心配されているといいます。
私も同感です。
その時感じた想いや、大切なこと、改善しなきゃいけないこと、続けていかなきゃいけないこと、
被災地から離れた私たちにもたくさんあったはずなのに、、
人間って日々に流されてその色や実体が薄れていってしまいやすい、、と思う。
自分も含め、そうならないよう、強い心を持っていたい。
ダンスに関わるものとして、人の健康に関わる仕事に携わるものとして、
微力だけど、
出来ることを継続的にやっていこうと思っています。
強くあらなければいけない、とい気持ちだったり、思いやること、人と人とが支えあうことの大切さ
だったり、たくさんのことを今回もらってきたように思います。
ぜひ今後も、いろいろな情報の共有や、想いの共有をみなさんとしていけたらいいなと思っています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
MEG
PHOTO 片岡さん撮影分お借りしました。ありがとうございます。
2012.3.11陸前高田にて ご一緒に活動した方の日記より
こんばんは。
東北での体験を書こうと思い、まだうまく言葉がまとまっていない状態です。
ただ一つ思うのはもしかすると私が発信することは、受取り方によっては押し付けに聞こえてしまうかもしれないのですが、
現地で体験したこと、まず自分のまわりの友人、知人から伝えていくことが、まず私のすべきことじゃないかと思い書かせていただいています。
そして身近なところから輪が広がって行けばいいな、と思っています。
今回一緒に活動させていただいた片岡さんの日記をお借りしてご紹介しますm(__)m
この休みの時期に、岩手県前高田市へ、ボランティアツアーに参加してきました。
現地での通常のボランティア活動以外に、
『津波到達ラインを後世に伝え、同じ悲劇が繰り返されないように』
との願いを込め、桜の木を植樹するという『桜ライン311』という活動もしてきました。

ボランティアの内容は側溝に溜まったガレキ、ヘドロの掻き出し。
35人で3~4時間かけて、10メートルくらいでしょうか。
たったそれだけです。

仮設住宅で何かお世話した訳でもなし、
炊き出しをしたわけでもなし。
直接お礼を言われる事なんて無い仕事でした。
なのに、少しでも人の役にたてた事、被災地のために汗を流すことができた事、
やっとあの大災害を共感・共有して一緒に乗り越えていこうという気持ちになれた気がしました。

初めて目の当たりにする津波に飲まれた町は、言葉にできない姿でした。
みんな言っている「あれは実際に見ないと分からない、伝わらない」
というのは本当なんだなって。
もちろんこの一年の様々な方の尽力で、着実に作業は進んでいるんでしょうが、
それは復興と呼ぶにはまだまだで、
せいぜい片付けの途中…くらいの状態にしか映らなかったです。
瓦礫の山、潰れた車、建物の基礎のコンクリート、
テレビでは伝わらない、強烈なメッセージでした。
被災地で今なお苦しい生活を強いられてる人達の事、
瓦礫等の処理、受け入れ先の事、
放射能の事、
それにこの国の未来の事、
行政のせいにしたり、毎日の生活のせいにしたり、
今までは言い訳ばかりだったことを猛省。
震災当時はもっと興味をもって新聞を読んだりしていたのに、
報道が少なくなるにつれて、いつのまにか考えることをやめていました。
-被災地から遠く離れた地では普段の生活をして、
日本の経済を回すことで被災地への支援を-
という大儀で、いつのまにか直接的な支援をしなくてもいいのでは、
そんな考えにすりかわっていたのかな?と。
それは最低限の話で、もっとできることがあるはずだと思いました。
こんなこと人に押し付けるようにメッセージを発信するのは間違いかも知れませんが、
今回、とても熱い想いと高い志の人たちと行動を共にして思ったことを、
少しでも誰かに伝えたくて、伝え繋いでいくことが、
遅ればせながら、あの惨状を目の当たりにした自分達の使命だと思い、
長々と書いてしまいました。
どんな小さなことでもいいから、支援は続けないといけないんです。
何かしてみましょう。
旅行でもいいから、被災地を見に行っててみてください。
必ず想いは強くなります。
「被災地の人たちは、たとえ数時間のボランティアでも、
『私達は忘れられてない、気にかけてもらえてるんだ』
と思えるだけで、心強くなるんです」
我々も一緒になって歩んで行こうという気持ちで、一つになれたらいいな。
そう思います。
日本一心
最後まで読んでくれてありがとうございました。
























