1つ言えるのは、

配偶者の親の考えを十分に把握することは難しい。

「こういう人だ」と言い切れるほど、相手の親の事を知らないことが多いのではないだろうか。


 

 

(以下、自分用のメモ。)

 

自分の配偶者の親だから、絶対にへんなことしないと素直に考えていると、現実は期待とは異なる。

 

許せないことがあったりもするが、

悪気があるというよりは、立場の違いでそうなっている。

  1. 親の世代とはふた回りくらいは世代が異なる。
    時代も違うので、常識が違う。
     
  2. 実の子の事だけを考えて、短絡的に動いていることがある。
    結果的に、子の配偶者を追いやったり、雑にしていることがある。
     
  3. 親は子を守りたい。
    いざという時は、実子を守りたいので、
    子の配偶者に対し、本音のところ距離を置いている(心を許してはいない)ことがある。

    もちろん、世の中にはそうでない人もたくさんいると思います。

 

子は、実の親がすることには寛容だったり、大したことだと思っていなかったりすることがあるため、
配偶者が心を痛めていても、親族とのかかわりの中で生じる場合、気が付かないケースが多くあるようだ。

 

何か起こってしまうと、

夫婦のどちらかが必至に我慢したり、泣き寝入りする方向に向かう為、

平和なうちに、

親も子も、自分も配偶者も各人が上記のようなことがあることを理解し、

世の中に幸せなことが増えることを願いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自営になり数年間、必要なことをまじめに取り組んできたが、

いろいろ面倒になってきた。

作業が遅すぎる。

 

 

以下のように変更する。

 

× 知らないので本を読んでやり方を学ぶ → 着手

 

  ↓

 

〇 とりあえずやる、他人のノウハウいらないので何が必要かは考える → 人に聞く

 

 

※Amazonで見ると、とてもよさそうなので浮気して購入するが、殆ど数ページでがっかりしている為やめておく。

基本的に、結論から遠い。

 

 

偶然、よい事例と遭遇し、さっそくトレーニングする時間がやってきたので、必死に対応した。


結論、相手は自分の思い通りにしたいという欲求が強い為、何かにつけ騒がしいが、

「みっともない生き方をして哀れな人だな」と捉えつつ、

自分がすべきことを粛々とこなすだけで、そのほかはスルーするというのが健全に過ごせるのではないかという考えに至った。

 

相手は、何か言っているが、少しでも意識を向けると消耗しすぎてしまう。

家族でもなければわがままな人を相手にする必要はない。

 

どこまで対応すべきかは自身で判断して線を引く必要がある。

 

 

 

 

 

ノイズを減らす努力として、

自分はどういう「やっかいな人」を呼び寄せやすいのかというのは、

自覚する必要があるのかもしれない。

自分とよく似た特定のカテゴリーの人であるとか、前付き合っていた人と似ているとか。

 

この辺もトレーニングが必要なのかもしれないが、

サンプリング的に、

上記で上がった人とは異なる性格や境遇の人とかかわりを持ってみるとか、

周辺にいてほしい人を識別できるための努力の必要性を感じるようになってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ数年の間、搾取されたと思う気持ちが強かった。

 

・義理の母親と子供が出かけてから、帰ってこなくなったと後でわかったとき

・シルバー採用(おじさん)に、仕事を拒絶された状態で居座られ続けたとき

 

こういったことは私だけの身に起こることなのだろうか?

 

改めて考えると、

他の人の人生はよくわからないが、

誰の人生にも本人がとても辛いと思うことは生じているのではないかと思う。

 

そもそも「搾取された」と思うような出来事は、回避できるのだろうか?

 

搾取されたというところにフォーカスが当たっていると、

絶対に奪われたくないという気持ちがどんどん進化していくことになり、

社会性を失っていく為、やりたいことがあっても何も達成されないかもしれない。

 

社会で人間らしく暮らそうとする限りは、

人からもらう視点(無意識の場合が多いようだが)しかもたないようなテイカー(taker)な人との関りを持たない限り、先に進まない一面が生じるのではないかと思う。

疑いの気持ちばかりでは、ギバーな人やマッチャーな人との出会いもなくなってしまい、物事が進まなくなる。

 

悔しいが、テイカーはいる。

しかしながら、集合論的に捉えれば、社会生活の中で必ずこのような人との出会いは発生する。
 

必ず発生する現象として、リスクとして折り込んだ上で、

目線をあげて、自分が本来何をしたいかという本来の目的にフォーカスするというのが正論になるのだろうか。

 

 

人生や家族とのかかわり複雑に思えるが、

ビジネスにおいては、複雑に考える必要はないように思える。

 

自分自身が何をしたいかを鮮明にイメージする。

自分の描いたイメージを実現するために、人に協力をしてもらうことになる為、

その人にやってほしいことがピンポイントで存在し、

やってくれた場合、やってくれない場合の取り決めが、

が約束事として成立するのであれば、頼めばよいということではないか。

 

テイカーに遭遇してしまうのは、

なれ合い(十分な確認なしに貢献してもらえるという発注者側の勝手な思い込み)や、

発注者側から一方的に動いてもらえることを前提としているなど、

あらためて考えれば、自分にテイカーな一面がないかどうかをよくよく考える必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Slack, Teamsなどの業務用のSNSでの

メンションのしかたについてのメモ。

 

相手方の上司、上長をCC(メンション)に入れる

ときは、はじめから常にいれておく。

 

状況によって変えるのではなく、

ルールを決めて定型化しておいた方が、

受け取られ方が一定になる。

 

ビジネスとして運用するのに、

力を入れる必要のないところでブレがなくなるので

個人的にはその方がよい。


禁忌事項:

自己都合でメンションの使い分けをすると、

リスクが大きい。

 

・急ぎの対応を促したいときだけ、相手の上司・上長を入れる

・相手が反応しないときだけ、相手の上司・上長を入れる

・相手がミスしたときだけ、相手の上司・上長を入れる

受け取りてとして考えたとき、心象がよくない。

 

上司・上長を入れる必要が生じることが想定できるなら、

初めから入れておいた方が、

相手方に対する配慮がある。