11月11日(水)のArtisTalkに仁王、降臨!
こんにち和、初めまして!!
新感覚・和心系ユニットなカンジの仁王です!
(^-^)人(^O^)
2009.11/11(水)から、アーティストークのコーナーで暴れさせていただいております。
しかも!
早速!!初回から、自分らの曲紹介を忘れました。
なので、次回は、2回曲紹介をしなくてわ・・・!!!
(小声で)→「仁王の、花咲色舞です、宜しくおねがいしm・・・」
そんなカンジの仁王ですが、
我々仁王は、先月!!
関ヶ原や長浜、彦根などに旅行に行ってきました。
仁王は、戦国ブームとは関係無しに、真剣な石田三成公のファンだからです。
「大一大万大吉(だいいちだいまんだいきち)」
これは、三成公が掲げていた旗印です。
「一人が万人の為、万人が一人の為、はたらけば、天下は大吉になる」という意味です。
転じて、人が変われば社会も変わる・・・
そんな意味も込められた旗印です。
この旅行をし、色々と感じたことが多々あります。
今回は、その中でも最も皆様にお伝えしたいなと思ったことを書かせていただきます☆
都会を離れると、人々は皆、とても温かく、笑顔に満ちていました。
旅行先で出会った人達は皆、親切で、温かくて、まるで家族のように接してくださいました。
しかも、それが当たり前のようでした。
殺伐とした都会では、滅多に見られないふれあいが、当たり前のように・・・
都会は 確かに、便利ではありますが、
便利さと引き換えに、時間は高速で流れるようになったし、
人々も、近所付き合いはおろか、
人と人同士のコミュニケーションも少なくなってしまったんだなぁ・・・と感じました。
だから、何となく冷たい社会になってしまったのかもしれません。
そこで、思ったのです。
人が変われば、社会も変わる・・・・
まさに、今この時代に必要なのは、
「大一大万大吉」、ではないでしょうか。
・・・・・ということを仁王はラジオでお伝えしたかったのですが、
・・・・いかんせん日本語が上手く喋れず、言いたかったことが、上手くまとまったかどうか不安です。
すみません。(><)
こんなカンジの仁王ですが、
今後とも何卒宜しくお願い致します☆
新感覚・和心系ユニットなカンジの仁王です!
(^-^)人(^O^)
2009.11/11(水)から、アーティストークのコーナーで暴れさせていただいております。
しかも!
早速!!初回から、自分らの曲紹介を忘れました。
なので、次回は、2回曲紹介をしなくてわ・・・!!!
(小声で)→「仁王の、花咲色舞です、宜しくおねがいしm・・・」
そんなカンジの仁王ですが、
我々仁王は、先月!!
関ヶ原や長浜、彦根などに旅行に行ってきました。
仁王は、戦国ブームとは関係無しに、真剣な石田三成公のファンだからです。
「大一大万大吉(だいいちだいまんだいきち)」
これは、三成公が掲げていた旗印です。
「一人が万人の為、万人が一人の為、はたらけば、天下は大吉になる」という意味です。
転じて、人が変われば社会も変わる・・・
そんな意味も込められた旗印です。
この旅行をし、色々と感じたことが多々あります。
今回は、その中でも最も皆様にお伝えしたいなと思ったことを書かせていただきます☆
都会を離れると、人々は皆、とても温かく、笑顔に満ちていました。
旅行先で出会った人達は皆、親切で、温かくて、まるで家族のように接してくださいました。
しかも、それが当たり前のようでした。
殺伐とした都会では、滅多に見られないふれあいが、当たり前のように・・・
都会は 確かに、便利ではありますが、
便利さと引き換えに、時間は高速で流れるようになったし、
人々も、近所付き合いはおろか、
人と人同士のコミュニケーションも少なくなってしまったんだなぁ・・・と感じました。
だから、何となく冷たい社会になってしまったのかもしれません。
そこで、思ったのです。
人が変われば、社会も変わる・・・・
まさに、今この時代に必要なのは、
「大一大万大吉」、ではないでしょうか。
・・・・・ということを仁王はラジオでお伝えしたかったのですが、
・・・・いかんせん日本語が上手く喋れず、言いたかったことが、上手くまとまったかどうか不安です。
すみません。(><)
こんなカンジの仁王ですが、
今後とも何卒宜しくお願い致します☆
11月18日(水)のArtisTalkは!?
Sassaです。
いや~、我々のコーナーがリニューアルされましたね
今週は、歴史の話になりますが、少々お付き合い下さい。
皆さん、「宗三三文字」って知ってます?
コレは昔の刀なんですが、まさに【天下の刀】と
言っても過言ではないんです
元々は戦国時代、三好宗三という無精から、
甲斐・武田信玄の父、武田信虎に贈られた刀なんですねえ。
その後、武田信虎が今川氏との和睦を図るため、
自分の娘(定恵院)を嫁がせる際に一緒に持たせたのです。
その婿である今川義元は、この刀を自分の愛刀として大切にしたそうな。
その後、義元はどうなったでしょうか?
そうです、1560年の桶狭間の戦いにおいて織田信長に討たれますよね。
敗死させた織田信長は、戦利品としてこの刀を「とったどー」して、
信長は、自分の名を刻印し、愛刀としました。
これは本能寺の変まで信長の手元にあったんですねー。
本能寺の変の後は、豊臣秀吉の手に渡り、秀吉死去後は、その子の豊臣秀頼の手に渡り、
さらに、秀頼から徳川家康の手に渡ったのです
これ以降、徳川将軍家に代々受け継がれていきました。
まさにこの刀は、常に天下を取るもの、狙う者の手にある運命にあるのです!
どーですかこのロマン
ちなみにこの刀、今でも残ってます。
京都の建勲神社に国の重要文化財として眠っています。
いや~、我々のコーナーがリニューアルされましたね

今週は、歴史の話になりますが、少々お付き合い下さい。
皆さん、「宗三三文字」って知ってます?
コレは昔の刀なんですが、まさに【天下の刀】と
言っても過言ではないんです

元々は戦国時代、三好宗三という無精から、
甲斐・武田信玄の父、武田信虎に贈られた刀なんですねえ。
その後、武田信虎が今川氏との和睦を図るため、
自分の娘(定恵院)を嫁がせる際に一緒に持たせたのです。
その婿である今川義元は、この刀を自分の愛刀として大切にしたそうな。
その後、義元はどうなったでしょうか?

そうです、1560年の桶狭間の戦いにおいて織田信長に討たれますよね。
敗死させた織田信長は、戦利品としてこの刀を「とったどー」して、
信長は、自分の名を刻印し、愛刀としました。
これは本能寺の変まで信長の手元にあったんですねー。
本能寺の変の後は、豊臣秀吉の手に渡り、秀吉死去後は、その子の豊臣秀頼の手に渡り、
さらに、秀頼から徳川家康の手に渡ったのです

これ以降、徳川将軍家に代々受け継がれていきました。
まさにこの刀は、常に天下を取るもの、狙う者の手にある運命にあるのです!
どーですかこのロマン

ちなみにこの刀、今でも残ってます。
京都の建勲神社に国の重要文化財として眠っています。
