今日、朝、通勤中
いきなり中学生が飛び出そうとした
あわてて急ブレーキ
車のドライブレコーダーが緊急を感知して
ピコーンピコーンとなり始めた
慌ててアラームを消すため中止ボタンを押す
中学生は知らん顔
けれど、気にならず、会社へと向かった。
あれ?いつもと自分の反応が違うぞ?
普通なら、
「なんだよ!もう!」と一人でイラっとしていたに違いない
「こっちは急いでいるのに!」と。
考えられる理由は1つ
幸せで満たされていたから
幸せで満たされていると
外側・他人
も気にならないんだ
外側は関係ないから。
自分の幸せと外側は関係ないから
そういえば、むかし、ある業界に店を出した
すると同じような店が増えて
「お客さんを奪われる」
そう思った。
逆に、自分が出店したときは、
「他の老舗のお客さんを奪った」と感じていた。
奪ったし、奪われる、と
でも違うんだ
奪っていないんだ
一人一人の宇宙
お客さんを奪うと思えば奪うし
反対に奪われる現実も作るだろう
でも外側は関係無い
お客さんは、「わいてくる」んだ
お客さんも現象化していくんだ。
だからノウハウじゃないんだよ
こうやったから、稼げるも違う
「在り方」だけだし
「今」だけなんだ
いま、豊かで幸せなら
現実はそれしか起こらないんだ
奪う、奪われるもない
外側は関係ない
だから周りで何が起ころうが、動じないんだ
ただ体は反応して動作するけど
私の心の状態は脅かされない
脅かされるなら、脅かされる現実が展開するだけ
外側は関係ない
その意味がわかった。
今まで外側に反応していたのは
ただ欠乏感だったんだ。
時間がない
お金がない
客がない
そんな欠乏感がイライラさせていた
欲求不満の人のように
でも
時間も作り出せる
お金も作り出せる
お客さんも沸いてくる
それなら、欠乏感とは永遠に関係無い