田中文科相心からおわび大学不認可問題で初の謝罪毎日新聞1191125mediaid2fromdiary大学が多すぎる田中真紀子文科相が大学の新設にストップをかけた事件が、いろいろな話題を呼んでいる。
JBpressにも書いたように、彼女のやり方は拙劣だったが、大学が多すぎるというのは、官僚も大学関係者も認める事実である。
ところが内田樹氏は大学は多すぎないと主張する。
大学の削減は、低賃金労働者を求める財界の陰謀だというのだ。
なぜ若者たちの平均学歴が低下し、平均学力が低下することを財界人は要求するのかもちろん、それが彼らに大きな利益をもたらす可能性があるからである。
中等教育の内容を理解していないものは大学に入学させないという縛りをかければ、おそらく現在の大学生の3分の2は高卒で教育機会を終えるだろう。
そうすれば毎年数十万の低学力低学歴の若年労働者が労働市場に供給されることになる。
これは内田氏の妄想である。
この主張が成り立つためには企業は職種に関係なく大卒には高卒より高い賃金を払うという前提が必要だが、そんなお人好しの企業はない。
大学を卒業して外食レストランのウェイターになっても、賃金は高卒と同じだ。
違いは年齢給ぐらいだが、4年間の機会損失授業料+賃金のほうが大きい。
現に大学生が増えているのに非正社員を含む新卒の賃金は下がっているのだから、財界が大学削減を求める必要なんかないのだ。
大学生の23は中等教育の内容を理解していないというのは事実だが、内田氏はそれを承知の上でどれほど学力が低いとはいえ、大学まで出た方がまだましであるという。
そのコストがゼロであれば、彼らが大学で4年間遊ぶのは自由である。
しかし大学生には、国立私立あわせて年間15兆円50万円人の補助金が支出されているのだ。
特に私学助成は、定員割れになった私大にも学生の数に応じてほぼ一律に配分されており、悪平等だという批判は関係者にも強い。
これは科学技術の振興が必要だとか貧しくて大学に行けない優秀な学生のために補助は必要だという反対かき消されてきたが、こうした目的は大学に補助金を出さなくても達成できる。
基礎科学の研究には政府の助成が必要だが、それは教育とは関係ない。
山中伸弥氏が試験監督までやらされるのも、間違った平等主義である。
学生の所得補償は、大学に補助金を出すのではなく学生に出すべきだ。
大学の成績に応じて奨学金を貸与し、将来の所得で返済させればいい。
以前の記事でも書いたように、大学の私的収益率は高いが社会的には浪費だから、産業としての大学を公的に補助することは正当化できない。
大学http://www.hurin-himitsu.info/を出たらいい会社に入れるというのは、もはや幻想である。
大企業がいい会社とも限らないし、いま就職する若者が定年までつとめられる確率はきわめて小さい。
特に無名私大に行くことは4年間の機会損失のほうが大きいので、高卒で就職するのが賢明だ。
人生は学歴では決まらないし、いくらでもやり直せる。
むしろやりたいことが見つかってから、社会人教育を受けたほうがいい。
池田信夫
