1人目を人工授精で授かり、また治療をすれば直ぐに授かるよねなんて始めた2人目治療でしたが、人工授精を7回しましたが結果はでず…回数限定ではありましたが体外授精にチャレンジすることにしました。
NACに転院したのが今年の5月。私の誕生日を迎えてすぐの事でした。
初めての採卵はいきなりの2ステップ採卵。そして沢山採れたのに結果は全滅。凍結ならず…
2回目の採卵で3つの卵ちゃんが凍結できました。
移植周期に入っても1度はホルモン値不足でキャンセル。2度目の移植周期で無事に妊娠卒業となりました。
初診から半年で卒業を迎えられた事は本当に有難い事だと思ってます。
体外授精に進む前までは、採卵って痛いんだろうなとかお金の事も不安なことばかりでしたが人工授精を繰り返している時の方が自己注射をしたり、せっかく卵胞が育っても病院の休みと重なり人工授精が何度かキャンセルになったりと精神的に辛かったと思います
昨年の11月に私の大好きだった祖父が94歳で亡くなりました。この時最後の人工授精をし結果待ちの頃でした。不謹慎にも最後にじいちゃんが味方してくれたりしてなんて思ったりもしましたが結果は出ず…
最後にじいちゃんに会ったのが亡くなる3~4ヶ月前。じいちゃんは子供が大好きで私達孫はもちろんひ孫の息子も凄く可愛がってくれました。記憶しているじいちゃんとの最後の会話も
私は超がつくほどのじいちゃん子でした。私以外の家族はじいちゃんが亡くなる前日に見舞い行き、元気なじいちゃんに会っていました。私は翌日に行く予定でいたので会えず…今でも思い出すだけで悲しいです
お財布にはじいちゃんの写真が入っていて、採卵、移植日、移植後の診察の度に財布を開きお願いしてました。
出産予定日は来年の5月末。来年は酉年。
実はじいちゃん酉年なんです
お正月しっかりじいちゃんに報告してきます。
今回8w辺りから悪阻が始まり、1人目も酷かったので覚悟はしていましたが吐き悪阻がかなり酷かったです


1人目の時にはしなかった点滴もNACで2回、産院でも1回してもらいました。
気持ちが悪くほとんどトイレに籠りきり。トイレに布団を敷いて寝たいくらいでした。体重も6キロほど落ちました
家事なんでできるわけもなく、かなりサボり1日横になってばかりいました。やはり一番可哀想な思いをさせてしまったのは息子でした。
大したご飯も作ってあげられず、遊びの相手もろくにしてあげられませんでした。そして悪阻にイライラして息子に怒鳴ってしまったり…
それなのに
「ママのごはん毎日おいしい。ママのごはんが一番おいしい。ママが一番大好き」と毎日の様に言ってくれました。
安定期に入るまで息子には妊娠の事は話していませんでしたが、なんとなく察していたのかな~?
以前より甘えるようになり、旦那が買い物行くって言っても、実家に行くって言っても「行かない、ママと待ってる」お風呂も歯磨きも「ママと」になりました。
旦那はかなり凹んでいました
私も体調悪かったので正直勘弁してくれでしたが…
悪阻から解放された今では息子のお願いを何でも聞いてあげ、沢山ギュー
をしています。最近覚えた神経衰弱に1日5回以上付き合わされています。先日息子にお腹に赤ちゃんがいることを話しました。
「妹がいい。沢山お世話してあげる」と言ってくれています。優しいお兄ちゃんになってくれるんだろうな~と今から凄く楽しみです

5年ぶりとなる出産に私もとても不安でいっぱいですが、考えても仕方ないし
あんなに辛くて毎日泣いていた悪阻も治まってしまえばあ~大変だったなって感じだし、苦しんだ出産も産まれてきた我が子に会えた瞬間に忘れてしまうものなんです
家族3人で赤ちゃんの誕生を楽しみにしています。
NACに転院するにあたり、皆さんのブログを参考にさせていただきました
そして私も誰かのお役に立てればと始めたブログを通してたくさんの方と知り合う事ができました
皆さんのブログを読むと私なんて大した苦労してないじゃんと改めて思います。優しくて面白くて頼りになるブロ友さんには本当に助けてもらいました。兄しかいないので勝手に何でも話せるお姉ちゃんがたくさんできたようで嬉しかったです
治療を頑張っているブロ友さんみんなの治療が上手くいきますように。
今はまだでも必ず順番に結果がやってきます。私の大好きなみなさんが必ずママになりますように

年内にはとバタバタと更新してしまいました。今回で最後の更新となりますが、出産した際にはご報告させていただきたいと思います。そしてこれからも皆さんのブログにお邪魔させていただきます

みなさん今まで本当にありがとうございました。
