ということわざがあります。『心ここに在らざれば、
「大学」(儒教の経書)
視れども見えず、聴けども聞こえず、
食らえどもその味を知らず』
心持ちが上の空で、
見ているつもりでも
本当には理解していない。
聴いているつもりでも
心から聴かせていただこうという
境地になっていない。
食べても、そのモノを味わっていないから
本当の意味で味わえない。
すべてを表現していると思います。
昔の人は良いことを
記していますね。
自分を表現するには、
どんな方法があるのか考えてみました。
「聞く」
「見る」
「思う」
「する」
「言う」
こうやって挙げてみると、
すべてをうまく表現できている人は、
なかなかいないかもしれませんね。
「聞く」ということ
人が言うことを聞く時、
あなたはどういう心構えで
聞こうとしますか?
相手の人への先入観を持って、
それにとらわれて
聞いていません?
自分の都合を先に立てて
相手の人の話を「またその話???」
などと思いながら聞いていませんか?
相手の言うことを
出来るだけ理解するように努め、
自分なりの受け答えを出来るように
心づもりをして聞くことで、
相手の気持を汲み取って
より深く聞くことが出来ると思います。
「見る」ということ
これも「聞く」ことと同様に、
既成概念や先入観を持たずに
見ることが出来れば、
本当の姿を見ることが出来るかも。
物事をそのまま見ることが
私心を持ってみる時より
もっとはっきり見られると思います。
「思う」ということ
「相手や対象が分かる」ということ
だと感じていますが、
自分の決めた思いを、
相手や対象に当てはめて
その気持を基準にして、
良し悪しを判断すると
真義を取れないと最近思っています。
雑念の多い人は、なんとなく憂鬱な
暗い印象を持っていますよね。
人から好かれたい!と思うのなら
無用の思いはきっぱりと捨てることで、
明るい印象になると思います。
「する」ということ
- 人に話をする
- 片付けをする
- 企画の提案書を書く
など、する時の気持ちが
そのことにしっかりとのって
行動すると、良い結果が出ると思います。
例えば、
人に話をする時には
その人に向かって、話の本意を
しっかりと考えながら話すと
相手の理解度も増しますが、
何か他のことを思いながら
話をすると、言葉に気持ちがこもらず
相手に真意が伝わりません。
上の空って状態ですね。
「いう」ということ
事柄を相手に伝える手段だけでなく
自分の気持ちを表現することだと思います。
自分の心を開いて話せば
その意図は伝わりますが、
相手を説得しようとすると
それはエゴになってしまうと思います。
相手の気持ちを自分本意に考えて
相手が理解してくれない時には
理解させようとしますよね!
理解するかしないかは
相手の領域で、
あなたの領域ではないのです。
自戒の念を含めて書いてみました。