人には味わいってあるよね宗教を持人がいて、宗教を嫌う人もいる私は普遍性って両方にもあると思うから、どちらも付き合うけど、持っている人のほうが気楽がある。私の亡き母は無心論者だったくせに子供の私の心の理論に反論は出来なかった子供のころから私のほうが説明責任が明確で、諭が得意だった。人にものを伝えることは、言葉の神聖と真摯な響きであると知っている昔友人の息子にもそんな子がいて、私に教えた音それを聴けばその人や、知らないことがわかるよってその辺の理解が宗教を生活している人にはある。我慢もある協調性にながる言葉物腰感謝挨拶老人といわれる年齢まで信心を続けた人が私の理解者に多いどこかに行くと、どこかに行くアテンションを貼ると、きっと私を見ける人がいる。話しかけられることはめったにないが、愛を頂ける。そんな人の死は泣けるただ、泣ける昨夜人の友人が肉体を失って愛に帰っていった要兄さんへ愛をありがとう我が家の澄んだ井戸水は震災でも枯れなかったこの町の神聖は守られていたきっと、これからも愛は残る