朝の8時になり、重い瞼を開けた私がすぐに向かった所はお父さんの所であった。今日はお母さんも出勤していない。「おはよう」と力の抜けた挨拶をしてくるお母さん。今日は兵役の生活をしている弟二人を除けば、家族の皆が揃っている珍しい朝の光景であった。お父さんはいつもの元気いっぱいの顔で「立たなくていいよ、皆で朝ご飯食べよう」と言った。朝食が用意され、皆が食卓に座り、ご飯を食べ始めた。お父さんからの一言で、家族も朝の宴会を開いた。思ったよりコミュニケーションできない静寂の時間に不便であったが、目の前に置かれている豚肉の潤沢さ方が私の興味を引いたので、コミュニケーションできる状況でもなかった。沢山の潤沢さを体に飲み込み、お父さんの演説会が始まった。「名誉を失っても、もともとなかったと思えば、生きていける。財産を失ってもまた作れば生きていける。しかし、勇気を失ったら生きている値打ちがなくなることをいつも胸に入れて置くんだよ。壁を超えられない経験をしてみた人からこそ、新しいチャンスを手に入れることができ、挫折を恐れず、前向きで歩くことができる」というとてもカッコいい名言をおっしゃるお父さん。その経験に満たない私たちは共感できないところも沢山であるが、お父さんの話には胸に響く不思議な力があった。
10時になり、寂しそうな姿ではなく、誰より逞しい姿で車に乗り、空港に向おうとするお父さん。私は家族に寂しい気持ちをさせたくないお父さんの心を誰より詳しく分かっていた。「お父さんのことを愛してます。尊敬しています。」言葉には表せないけれど、私はお父さんから生まれたことを誇りとして思っている。今日は生徒達を教える授業がなかったので、一人の時間をホットチョコレートと共にすることにした。振り返ってみると、今までの3月14日にはお母さんにチョコレートを一度も渡したことなかった。そもそも14日になり、意味を付けて渡すべきであるが、今日は心を込めて「一人ではない新しい始まりのチョコレート」という名でお母さんにチョコレートを渡すことにした。カフェに着いて、2回に上がった私の目の前には高校の時、クラス内で人気であった別嬪の友達が座って勉強をしている様子を見つけた。高校の時は、天界から来たと思える程の美女であったが、今は地上の世界に慣れすぎたせいか、普通の平民としてみえた。年は隠せない運命の決まりである。「おはよう」話掛けた。「誰?」と答えられ、ショックを受けた。この人、私のこと全然覚えていなかった。「最低」私もこの人の名前は覚えていない。「より最低」けれど、高校の時、一緒にカラオケに行った記憶は鮮明に覚えていた。その時は私の友人が彼女と付き合っていたので、何かしらのきっかけで共にしただけであった。「すみません、間違いで話掛けてしまいました。」ととんでもない言い訳をした。私は日記を書いている今も自分の行動について深い反省している。「大丈夫です」と言ってくれる平民の答えになぜか寂しくなった。
私はその彼女と離れているところに座って、勉強しようとした時、隣の席に仏教徒が座っていることに気づいた。突然その人から「貴方の前世は有名なお坊さんでした。」と話掛けられ、怖くなってきた私はその席を離れることにした。しかし、私は生まれてからこれまで、前世はお坊さんだったという話を4回聞いた。最初は高校の時の占い師、その次は大学の1年、電子タバコのバイトをしている時に訪ねてきたお客さんから、空港でご飯食べている時、仏教の信者であるお父さんからである。お父さんが仏教の信者だったので、私の兄弟姉妹は仏教のお寺様から名前を授けられた。家族の中でも私の名前だけは特別であったのか分からないけど、韓国の有名なお寺「龍珠寺:ヨンジュサ」の名をそのまま授けられた。私は祖母のお願いでキリスト教の信者になったが、時々自分の宗教を間違えているのではないかという疑問を思う。唐突に仏教徒に話掛けられるのは怖くなるが、私は仏教の方々を引き寄せる能力を持っているかもしれないと考えた。他の人も自分の前世を分かっているのか。前世を知ったところで、身内にはどのような変化も生じられない。しかし、私には前世の自分に対して感謝したい気持ちが表れるのは何故だろう。前世の自分も世の中に貢献しただろうと考えながら、現在の私も今日は英語に貢献していこうと一日の活力をつなげることにした。「失敗は成功の魂」今日の教訓である。