今日は他の先生が授業を見に来て下さった。
そういうときはすぐに緊張して、あたふたしてしまう。
たいていは、自分の足りないところがさらけ出されることへの恐怖で縮み上がっている。
この悲しいくらいの、自己卑下や、他者評価に対する怖れはなんだろうか。
おそらく、自分が自分に
お前はもっとやれるはずなのに、力を抜いてるな
という囁きであったり、
今まで自分が、学ぶ側として、教えを受けた方々に対して内に秘めていた、批判や、もっとこうすればいいのに
といった想いが沈殿して、
それが他者の視点となって、自分に突き刺さるのかもしれない。
でも、いくら怖いと言っても、取り繕うことはできないので、
その都度、私の未熟さや、ダメさが暴露されたような「感じ」がしてしまう。
それでいいのだが、
もっと楽なのは、
現時点での自分を丸ごと受け入れることだろう。
その先に、捨てるべき考えや行動、
補うべき考えや行動が見えるのかもしれない。
未熟でも晒したほうがいいのだ。
そうでもしないと過ちに気づかない、というのもあるが
それより、
晒けだせば、
自分がやっていることも捨てたものではないな、と理解できるからだ。
その先に行くと、
誰にどう評価されても、自分はこう評価しているから、いいのだ
というところに行けるのかもしれない。
そこに行かなければ、見えざる恐怖とのたたかいは続く気がしてならない。