今日は疲れました、、、、



というか、最近感じてる多少慢性的な疲れはなんだろうと、考えてみました。



それは、おそらくイライラしたり、怒ったりするからだと思うのですが。
(いつもこの課題)






ちょっと立ち止まって考えてみると、






自然と子ども達への期待値がすごく高いところに設定されているからではないかということです。







それは子どもたちも疲れますが、もちろん私も疲弊します。





なぜかといえば、問題を常に検索して、見張り、自分の期待値を下回る行為は常に修正されるべきものとして、注意や指導の対象になるからです。








そして






もっといえば








私が私にかけている期待が大きすぎる





ということが問題なのです。







これくらい子どもを集中させて当たり前。

これくらいやらせて当然。

これぐらい身につけさせないでどうする。





これ、お分かりの通り、全部

「させる」

という使役形ですね。








させる。


やらせる。







という、力みがかなりあります。




これはかなりきついでしょう。







自分にも他人にも高い期待をかけ、現実にはそれが達成されず、なおかつ、それは全て自分に原因帰属されるのですから。





これはかなり傲慢ですね。








私が勝手に必要だと思い、私が勝手に期待し、




そして、最も大きいのが



私はこれぐらいできて当然、できなければダメ。そして、その役割を期待されている。






という勘違い。







ここから出発しているので、理想を追求することが楽しくなくなってしまうのだと思います。








私の中にあるもっと素直な理想は、


このブログのタイトル通り





そのままでそのままを愛したい



なのです。





条件や期待から、他者を見るのではなく、曇りなくその子の魅了をその子自身とともに再発見していけるような教師でいたいのです。






その為には








私が私を


曇りなく





期待や条件からでなく、







そのままを、今を





受け入れて、






心の底から愛する


必要があります。









世界は私です。
私が世界です。







これは、もう皆が気づいていることです。


自分が観測したようにこの世界は展開されるのです。






私が私を愛するとき、


愛すべき世界がそこにあり、




そして世界から愛されるのです。