「大きなチャレンジだった」と3月29日新大久保KPLで久しぶりのライブを振り返り思いを話してくれたのはシンガーソングライターの伊達幸志。
2013年8月のワンマンを最後に目立った活動をしていなかった彼が今回活動を再開した経緯はいったいなんだったのだろうか。
「8月のワンマンは自分の中では凄くいいものだった。自分の素の部分も出せた」。
しかし、彼はその後約7ヶ月に渡り表立った活動をすることはなかった。
「きっかけは今回のベースHATORI君に『そろそろ、動いた方がいいんじゃない』と言われたのがきっかけです」。
伊達幸志とHATORI MINATOの出逢いはとある楽器屋、そこでのセッションを通じて仲良くなった。
「今回のライブはHATORI君がほとんど全て準備してくれた」。
その言葉通り、HATORI MINATOはライブ会場を準備し伊達幸志の背中を押した。
ライブ中のトークでも語っていたが今回のバンドはゆかりのあるメンバーだけで構成されていた。
現在多くのアーティストのサポートギター・レコーディングをつとめるMASAはある音楽プロデューサーが主催するセッションで知り合った。お互いの最初の印象は最悪だったらしいがその後に意気投合し、よくお茶をする仲になった。そして今回初めて伊達幸志がMASAに再出発になるライブのギターを依頼した。
自身のバンドUnnatural の活動もさることながらMASA同様多くのドラムサポートやレコーディングに参加するMITSUは伊達幸志を音楽の世界に引き込んだ1人と言っていいだろう。当時中学生だった伊達幸志はMITSUが所属していたバンド、ファンタ・ゼロコースターのライブを見て『ライブをしてみたい、音楽したいと思った』その後初めてのレコーディングもMITSUの手助けで行った。「メンバーを考えている時にフッと頭にMITSUさんが浮かんだ」
そんな縁あるメンバーでライブは行われた。
今回のライブ、今までのライブとの一番の違いはトークの長さだった。今まで伊達幸志はトークを苦手とし、音楽だけのライブが多かったがどのような心境の変化があったのだろう。
「8月のライブでお客さんとのやり取り、すなわちトークすることがライブの一体感を高め、お客さんも参加出来るライブになると思った」。
彼のなかでは新しい挑戦だったが、お客さんの反応は上々だったと言っていいだろう。
「よくお互いを知っているメンバーだったのでトークはしやすかった」と本人のトークへの感触は悪くない。今後もさらにトークへのアプローチは増えていくかもしれない。そこらへんも含めて今後の活動に注目したい。次回に続く。