どうしたんだろう


ご主人が帰ってこないからなのだろうか


ネコ二匹が庭で尋常じゃないくらいの鳴き声してるよ。゚(つД`)゚。


昼間からこんなに鳴くこと今までなかったのに…



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『いいものはイイ』
感じることが大切なのかい

____________

起き抜けに
ふと寝転びながら、天井についているシミを眺めていた



ふと右手をかざして
親指と人差し指でそれをとらえようと試みる


手前の指に視点を合わす


すると奥の天井のそれはぼやけてしまう


奥のそれに視点を合わすと手前がぼやける


なんとか捉えようとしてみたけど
ダメみたい


視点がなかなか定まらないから
片目を閉じて試んでみる


おお

ようやく捉えられた


だけどももう片方の目で見てみると
視点がずれてしまって


さっきまで親指と人差し指の間に収まっていたそれが
少しばかり右のほうにある


だからさっきみたいに両目をカッと
見開いて

そのシミを捉えるのに全神経を集中させてみる



うーん
駄目かあ


よく写真家とかがやるみたいに
両手の指でフレームを作ってみる


中にはぼやけずにそのシミがよく見えた

『シミはシミ』

_______________

片目でみる
フレームを通してみる


そうしてみると対象がぶれずに
捉えることができるんだなあ


だけどもそれはある一面から見ていて
フレームの外にある物には集中していなかったりする


これってのは
たまにどこかで読んだり聞いたりすることだけども


改めて考えてみると面白い


例えば映画だったりテレビドラマだったり、本だったり写真だったり…


いろんな媒体を通して
僕らは自分の生活圏以外の事を知ることができるけど


それはやっぱりどこか恣意的で自分ではない、他の誰かの視点で捉えられたもの


『百聞は一見にしかず』なんて言葉が好きで

いつからか、実際に自分の目で見たもの、感じたものしか信じられなかったけども

今こうして少しだけ考えてみると


この理屈っぽいものを無意識のうちに自分のなかに取り入れていたから?
なのかい


視覚的に見ること以外にも
当てはめられるかもしれないね


片目で見ること
フレームを通してみること

それをある考え方とか
あるイデオロギーとかに
置き換えてみる


なんで置き換えてみるかって?言われると…うーん 面白そうだからかな


そうして
今までとはちょっと違った考え方だったり世界観だったり

腹の足しになったりするわけじゃないけど、想像してみると

それが面白かったりする

なーんて
これもどこかで読んだり聞いたりする



でもなんだ
これは やっぱり時と場合?によって使い分けたりしてみようか



なんでもかんでも、
多面的に見たり考えてると


ただただ疲れてしまう


普段は両目くわっと見開いて


『いいものはイイ』
感じることが大切なのかもね



『いいものは何でイイ?』みたいな
考え方だったり

たまに視点を変えたり、
とっさにフレームでみること
フレーム外を想像したりすることも必要かもしらんけど



そこまで器用じゃないでござるよ(・ω・)



ここまで書いてなんというか
まとまりがない…というか

自分ただひねくれもの?(笑)


たぶん後で読み返してみて、自分自身恥ずかしくなるんだろうなあー。



by理屈おバカ




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今日

ちょっと元気だったので

オーディトリウム渋谷で

三月三日公開の映画を観てきた。

東日本大震災の現地の様子をフレームの中ではあるけれど、


建物は流され

見渡す限り瓦礫野原

泥砂にまみれた車

線量計の数値の上昇にあわてふためく取材陣

行方不明者を捜索する自衛官ら

流された子供を捜索する母親ら


あちらこちらで動く重機

避難所の子供ら

すべての人に平等に医療を受けさせたかった 選択を迫られた医師ら

カメラを向けやりきれない怒りを叫ぶ人ら…

地震の規模のでかさ

津波の残した大きな傷

ありありと伝わってきた


僕は現地にいってないけれど、

実際にそこで同じように取材をしたり

見て

聞いて

感じたような そんな疑似体験をさせられた気がした。


それは

あの頃、

同じ日本なのに、どこか他人事のように思っていた

自分の後ろめたい気持ちを

思い出させた。

あの頃は、

時間をもて余して西日本をヒッチハイクしてた

何だかんだで、ニュースを見ず新聞も目を通さなかったり

どこか目を背けていた自分がいた



ようやく一年が過ぎようとしている。



映画を観たこの機会を

大事にしようと思う




上映後のトークショーのとき

森達也さんが何かいろいろ答えて気がしたけど

あんまり覚えてない。


映像のぶれが酷かったのもあるし

なんかよくわかんないけど

気持ち悪くて、頭いたくて

ずっと見続けるんが辛かった

我慢して観たけれど





『製作者の意図するメッセージ性より それから自立してしまっていて、観る人にその判断を委ねる映画です』とかなんとか

そんな意味のことを話してた気がする。


大きな注目は受けないかもしれないけど、

機会があればみてもいいじゃないかい


きっとぼくのように、
被災しなかった

どこか目を背けていた人に対して

送り出したものなのかもしれない


映画『311』



なんて映画批評じみたことしたりして

恥ずかしいから のせるのやめようと思ったけど

このブログ チラシの裏みたいなものだし いいか(笑)


良い週末を!



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http://www.roudoku.com/top.html

可愛らしい女子が朗読してくれまする。(無料アプリですよ)

中でも、

太宰治の『杜子春』

よかったでござるよ↑





正直な人間でありたいよなあ。自分にも他人にも…





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宗教

占い

音楽

色々あるけれど

狂信的になるんはアカン…かな

それぞれ人生を豊かにするかもしれないね

うちは仏教だけど

熱心な檀家でもないし

占いは今は全く信じない

音楽は好きだよ?

うーん


あなたのココロの拠り所はなんですか


うーん

生きづらいと思うと人生は生きづらいのかい?


余計なものには目をほそめ

要るものにまっすぐ突き進むべきかい


後ろを振り返ってみるのには

まだ早すぎるのかい?

自分が何者であるか



よぼよぼになって死ぬ前にわかればいいのかもしれないね


ああ、土曜の朝だけど

天気も晴れればいいのにね

洗濯でもしよう



オセロ中島さん、ほんの少しだけ気持ち分かるような気がします。



春一番が嫌なこと吹き飛ばして、
そのうち暖かくなるさ

いいことあるさ


自分に言い聞かす土曜の朝。

have a nice weekend!



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