『いいものはイイ』
感じることが大切なのかい
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起き抜けに
ふと寝転びながら、天井についているシミを眺めていた
ふと右手をかざして
親指と人差し指でそれをとらえようと試みる
手前の指に視点を合わす
すると奥の天井のそれはぼやけてしまう
奥のそれに視点を合わすと手前がぼやける
なんとか捉えようとしてみたけど
ダメみたい
視点がなかなか定まらないから
片目を閉じて試んでみる
おお
ようやく捉えられた
だけどももう片方の目で見てみると
視点がずれてしまって
さっきまで親指と人差し指の間に収まっていたそれが
少しばかり右のほうにある
だからさっきみたいに両目をカッと
見開いて
そのシミを捉えるのに全神経を集中させてみる
うーん
駄目かあ
よく写真家とかがやるみたいに
両手の指でフレームを作ってみる
中にはぼやけずにそのシミがよく見えた
『シミはシミ』
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片目でみる
フレームを通してみる
そうしてみると対象がぶれずに
捉えることができるんだなあ
だけどもそれはある一面から見ていて
フレームの外にある物には集中していなかったりする
これってのは
たまにどこかで読んだり聞いたりすることだけども
改めて考えてみると面白い
例えば映画だったりテレビドラマだったり、本だったり写真だったり…
いろんな媒体を通して
僕らは自分の生活圏以外の事を知ることができるけど
それはやっぱりどこか恣意的で自分ではない、他の誰かの視点で捉えられたもの
『百聞は一見にしかず』なんて言葉が好きで
いつからか、実際に自分の目で見たもの、感じたものしか信じられなかったけども
今こうして少しだけ考えてみると
この理屈っぽいものを無意識のうちに自分のなかに取り入れていたから?
なのかい
視覚的に見ること以外にも
当てはめられるかもしれないね
片目で見ること
フレームを通してみること
それをある考え方とか
あるイデオロギーとかに
置き換えてみる
なんで置き換えてみるかって?言われると…うーん 面白そうだからかな
そうして
今までとはちょっと違った考え方だったり世界観だったり
腹の足しになったりするわけじゃないけど、想像してみると
それが面白かったりする
なーんて
これもどこかで読んだり聞いたりする
でもなんだ
これは やっぱり時と場合?によって使い分けたりしてみようか
なんでもかんでも、
多面的に見たり考えてると
ただただ疲れてしまう
普段は両目くわっと見開いて
『いいものはイイ』
感じることが大切なのかもね
『いいものは何でイイ?』みたいな
考え方だったり
たまに視点を変えたり、
とっさにフレームでみること
フレーム外を想像したりすることも必要かもしらんけど
そこまで器用じゃないでござるよ(・ω・)
ここまで書いてなんというか
まとまりがない…というか
自分ただひねくれもの?(笑)
たぶん後で読み返してみて、自分自身恥ずかしくなるんだろうなあー。
by理屈おバカ
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