ゾンビが一躍、その名を広めたのは六十八年のジョージ・ロメロの映画からだが、
そのゾンビの発祥の地として名が知られているのが、カリブ海に浮かぶ小島の半分
以下しか国土でないハイチのブードゥー教における「甦る死者」の寓話からだろう。
とかく誤解が多いブードゥー教の黒魔術だが、そこにはハイチの歴史に目を当てれば
民間信仰が根付く下地があった・・・。
http://jp.youtube.com/watch?v=aauVAA_EwM0
「ゾンビ伝説」 八十八年公開作
この映画は「蛇と虹」という原作を元にした娯楽作品として製作されているから、描かれた時代が
軍事独裁政権末期の出来事で、親子二代のディバリエ政権によって暗黒政治が続き、また軍事
独裁というところから、どこの国にもあった秘密警察、ここではトントン・マクートという名であるが、
これが不満分子や共産主義者とかの摘発を徹底的に行い、庶民にとって政治がよりどころでなく
そこはアフリカからの人々が代々伝えてきた民間信仰にすがるしかない状況というのも背景にある。
このデェバリエ政権も八十六年には終わりを迎え、それと共に秘密警察も・・・。
で、そういう背景をこの映画に当てはめると、不穏分子と映ったこの主人公のアメリカ人への警戒と
徹底的な拷問を加える秘密警察という構図に、ゾンビ・パウダーなる秘薬の存在とが絡み合い、
ハイチの暗黒面を良く描いている。
もっとも「ゾンビ」の言葉だけで、この映画に抱くスプラッターを期待する人には、あまりにも幻覚シーン
とかでは、期待はずれとなるものであろうが、ブードゥー教や黒魔術に興味を抱く人にとっては、成立す
る宗教というものが、大概に社会の底辺で圧政に苦しむや、逃避的開放へ向かうのは、日本の封建時
代の宗教成立に相通じるものである。
だからこの映画は、えらく中途半端に原作を利用するから、ホラーとしても社会派としても何らも観客
訴えかけない。
もっとも思想もへったくれもない映画人にとって、観客にアピールすべきものを映像にすれば、それで
よく「金が入った何ぼ」なのだろう。
それでもハイチ人をやった人々は、なかなか庶民の圧政に対する危機感と警戒感を良く出していた。
アメリカ人の自分が危機に追い詰められ、そこでやたら慌てる演技には、シナリオ通りとしても、アメリ
カ人気質たっぷりで、観光気分で依頼を受けてやってきたを、呑気に演じていて微笑ましい・・・。
ゾンビという仮死状態にした人間を甦らせ、農園で奴隷として働かせる・・・。
ようするに庶民の不満は、奴隷として働かされている意識と、秘密警察の恐怖が混ざり合ったものが、
またブードゥー教の秘薬という「毒もって毒を征する」という鬱憤晴らしに利用されるが、いつしかそれら
しく広まったと、見ることが出来る。
このハイチ、フランスの植民地から、イギリス・スペインと争いがあり、内戦もありで、その後、アメリカ
が支配するという変遷を経ている。その間も、権力に翻弄され島の区分が二つになって、片やドミニカ
共和国とハイチで、領土を争って、今現在へと至るものだが、今では世界の最貧国となっている。
それだけに民衆が、民間信仰へと傾斜するのは何とも理解出来る。
ただその民間信仰が、自分達の思考とずれていると「野蛮・原始的」な言葉が、それが出来上がった
根拠を消し去ってしまう・・・。
この映画は、最後に秘密警察のボスを倒したところで終るのだが、それは時を同じくしてデェバイエ政
権の終わりも示していて、一応そこらは原作に忠実に描いている。
もっともこの原作者、この著書によって博士号を得ているのだが、ゾンビ・パウダーの成分も臨地実験
も行なわずで、号を与える大学はどうなのだろう。歴史社会学なら頷けるが・・・。
- ゾンビ伝説 (初回限定生産)
- といったところで、またのお越しを・・・。
- ¥1,350