Djangoと娘の子育てJamSession -3ページ目

そぃがーよ

自分が子どもだった頃

そのときの雰囲気や風景を

思い出せるだろうか

今の現代に目にするものよりも

リアルであり

いい匂いがしないか?

その絵画の額縁や画板は

大人がこしらえるものであり

今、正に、その大人が俺たちだって事

参加する事、動くこと

昨日、渋谷で行われた「大デモ」というデモに参加してきました。

俺の持つデモのイメージは、「反対」を声にも態度にも大っぴらに出し、「怒り」を統一させ訴えるものだった

デモは国の政策のその不満の結果、しょうがなく行われるもの、みたいな。国民の重い腰をしょうがなく、ほんとうはやりたくないけど、そうも言ってられないから持ち上げる、ようなもんだと思っていました


でも、このデモは違った

DJ、ドラム隊、ジャンベ隊、パントマイム、獅子舞、バンド、シャボン玉、

ただ、好きなスタイルで歩いていればいい。というものだった

サウンドカーのバンド、DJからの発しられる生の音は最高で、体を揺り動かすし、太鼓隊が作るグルーヴも感情をモッシュアップさせてくれた

でもデモの群衆を見ると
原発反対!
秘密保護法廃案!
TPP反対!
PEACE!!

のような、プラカード、ノボリ、幕、政府に対する民意の表現なんだということは一目瞭然だった
中でも、「お母さん、僕、大人になったら戦争にいかなきゃいけないの?」という子供が訴えかけてるプラカードが印象的でした



でも、みんな笑ってるし、歌ってるし、通りかかりの人たちも立ち止まって楽しそうだなぁという顔をしてました


このデモの趣旨は
デモを楽しいものにしよう!
でも「国民はちゃんと監ているんだぞ」というメッセージを伝える事


初めて参加するデモがこのデモで良かった、本当に楽しくて、気持ちよくて、でもそれが国へのアピールになっているとなると嬉しくて
デモへの関心が全く違う方向へシフトしました


参加して、話を聞いたり話したり、またひとつ勉強になりやした


http://bigdemo.jp





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知るがために、選ぶために

子どもが生活の中にいるようになってから、前よりも真剣に世の中を調べるようになった。


生活に利権や金絡みの企みが溢れていて、子ども、我が身を侵している話などすると
苦笑いされたり、ありえない考え方と一蹴されたりする


現実とか常識にどっぷりになっていて、現在の現実や常識がどうやって形成されてきたのかを自分では調べもせずに、周りでは騒がれていないから、安全じゃないものなんて出回らないから、と思考回路が機能していない



なぜ少子高齢化なのか、なぜこんなに病気で死ぬ人が多いのか、なぜ自閉症や鬱が多くなってるのか、なぜこんなに働いてるのに生活が豊かにならないか、、、ナゼナゼナゼ、本当はどうしてなのか。


俺たちが奪われてしまったもの、いや、最初からそれが身につかないように教育されていたのだろう

それは
考える力
思考する力



算数や、国語の問題ではなく


生きていく、暮らしていくということに関してだ。


それに必要なのは、情報。常に歴史の支配者は情報を操ってきた
情報の無いものは思考できない。思考できない者は情報操作する者の思うがまま。



守るチカラはみんなが持っているもの

情報をたくさん持ち、それも鵜呑みにせず、自分はどう思うのか 、上等なミックスジュースを作るか、全く新規のメニューを作るか 選ぶ答えを作るのも自分自身だ。