日本でディスコティックと言うクラブがブームになったのは1970年代初期から中期!
お酒を飲んで楽しむ店をクラブと言うが、ジャズで踊って楽しむクラブやポールダンスなど見て楽しむクラブにバンドが演奏する曲でツイストなんかを踊って楽しむクラブなど様々なスタイルのクラブがある中!
レコードかけて踊るクラブがでてきたのは1960年代だと思う。
これは当時日本でも普及していたゴーゴーを踊る白人文化のクラブとは違う黒人の文化で日本では米軍基地の近くや新宿などにレコードでソウルミュージックをかけて踊る店があったと聞く!
ジャズもロックもバンドの演奏で踊っていたが、それは白人さんが楽しむクラブで、黒人さん達はレコードでソウルミュージックをかけて踊っていた、そんなクラブをDiscotheque(ディスコティック)と言うようになった!
フランス語でレコード置場と言う意味らしい!多分白人がバカにして言い出したのだろうが、その呼び方が世界中に広がってレコードをかけて踊るクラブをディスコティック!略してディスコと言うようになった。
60年代後半には日本でもソウルミュージックで踊る店も出てきてソウルダンスと言われる踊りが流行ったが
それは東京や横浜などの極1部の地域で殆どの地方都市などではロックを演奏するバンドで踊るゴーゴーホールと言う店が流行っていた。またパブと言われるところではカウンターバーがいくつも有り、その片隅のステージでバンドがロックを演奏して客を踊らせていた店もあった。ゴーゴーホールもパブもバンドの演奏するロックで踊る白人の文化でレコードで踊るディスコとは別物だ。これを混同している人が多くいるʅ(◞‿◟)ʃ
70年代に入り日本全国にディスコが普及していったのだが、それまでのゴーゴーホールと違い店内を明るくして健全化を図った店が多くあった。
当時の日本はソウルやファンキーミュージックに聴き馴染みが無く一部のダンス好きな人達以外は殆どの人がポップな曲を好んだ、またソウルミュージックでもスタイリステックスやスリーディグリーズなどの綺麗な曲がヒットした。
世界的に70年代に入る頃、それまでソウルミュージックで踊っていたディスコティックの文化に白人も参入してきてソウルではなくディスコミュージックなる白人アーティストが多くでてきた!
KC&サンシャインバンド・アベレージホワイトバンド・ワイルドチェリーなど。
70年代中期にはイギリス発のディスコミュージックも多くヒットしている。また、ヨーロッパ発のポップミュージックも日本のディスコでは数多くヒットしたドナサマー・ヴィレッジピープル・アバ・アラベスク・ボニーMなどなど!数えたらきりがない。
日本でディスコがブームになったのは1970年代初期から中期にかけてだと思うが1974年頃には既に全日本ディスコ協会が発足していてDJ協会もあった。正式名称は覚えていないが六本木のエンバシーにいた勝元氏が会長だった。
この70年代中期にDJ協会のDJ達が全国を回ってファンキーダンスとディスコステップを広めていた。
全員、踊りの上手い人達だった。
そんな日本中にディスコが普及した70年代!
1975年頃にレコード会社がディスコミュージックのヒット特集を数多く出している。
まさにディスコブームの象徴だ!
私の手元にあるだけでも1974年から76年までで8枚も有る。またその後もヒット特集は数多く出ている。
参考までに紹介します。
①DISCO PARTY 1974年(テイチク)
②This is Discotheque 1975年(ワーナー・パイオニア)
③SOUL & DISCO HITS 1975年(ワーナー・パイオニア)
④DISCO PARTY第1集 1975年(CBS/SONY)
⑤DISCO SOUND 1975年(ビクター)
⑥SOUL & DISCO EXPLOSION 1976年(CBS/SONY)
⑦The Very Best Of Golden Disco Hits 1976年(テイチク)
⑧BEST OF SOUL & DISCO HITS 1976年(CBS/SONY)
( )内はレコード会社名です♪
私は1970年代初期を日本の第1期ディスコブームと言っている。
そして1970年代後期(77 . 78年頃)から1980年代初期にかけてを第2期ディスコブームと言っている。
黒と白が入り混じった初期から店や地域で選曲が分かれてポップな曲で踊る新宿系とブラックで踊る六本木系に別れた。また黒人さんがメインの店で流されていた曲は六本木とはちょっと違っていた。当時アメリカで流行っていたペアダンスが黒人さんメインの店から広まって大ブームになったが何故かそれをサーファーダンスと言う人がいる?スエイやジゴロにドランクモンキーなどアメリカから伝わった踊りでサーファーの踊りでは無いのだが?
そして1980年代中頃からハイエナジーからユーロビートがメインの第3期ディスコブームになる!
ユーロビートしか流さない店が有名になったが同時期にラップやハウスミュージックも流行っていた。
そして1990年過ぎからテクノハウスでエロお立ち台が盛んになったがディスコのブームとしては終わった感があった。その後のパラパラ時代も全国規模ではなくなっている。
1978年7月に日本公開になった映画サタデーナイトフィーバーで日本にディスコブームが来た!と言っている人がいるが、あの映画はディスコブームに乗っかってヒットしたもので映画の影響は殆ど無かった!
映画の中で踊っていたステップダンスが流行ったが、当時はステップダンスの流行が終わってフリースタイルがメインだったので直ぐに廃れた。また、ジョン・トラボルタがソロで踊ったシーンはとてもディスコの踊りとはかけ離れたものだったので誰も真似しなかった。
1975年1976年にディスコヒット特集のレコードが数多く発売されているのが何より1970年代初期から日本中でディスコが流行っていた証拠だと思う。
#ディスコブーム
#ディスコヒット
#日本のディスコ
#ディスコの歴史
#ディスコミュージック




















