早い薬
FEC療法
ハーセプチン単剤療法
ハーセプチン+パクリタキセル療法
ときて
半年毎に抗がん剤が変わりました。
ナベルビンという薬で
血管に良くない薬で落とすスピードが早く脱毛もあまりない薬みたいで
母は嬉しそうでした。
このころからSNSや癌掲示板、他掲示板などで母の病気を調べ本気で向き合えるように
徐々になっていきました。
今ほどではありませんが薬への認識、副作用など様々なことを調べ母にも言い聞かせたりしていました。
岡山にきて1年半近く経つのに、かなり前から住んでいる気がしていました。
岡山に来た当時は母も痩せていましたが、この当時は好きなものも沢山食べて
毎日笑顔が絶えない
俺の大好きな母になっていました。
回復力、抗がん剤に強い
母はこれからも元気
と
当たり前の毎日が過ぎていくと思っていました。
副作用
副作用もFECほどではありませんが
ハーセプチン+パクリタキセル療法で
母にも疲れが見えました。
ここで腫瘍マーカーなどはまだ知らない俺らは
主治医の先生に癌治療を丸投げしていたように思えます。
状況は知らずに抗がん剤だけが変わります。
この時の俺の考えは抗がん剤を変えるのは癌に効かないからではなく
より良い抗がん剤を使っているのだと思っていました。
母も薬に対する認識や恐怖もなく
風邪を引きました=風邪薬を飲みます=治る
感覚で
癌になりました=抗がん剤治療しました=治る
と考えていたと思えます。
抗がん剤は
ハーセプチン+ナベルビンに変わりました。
手を染める
母を救うためには
まず資金力でした。
通常の仕事をしていたら癌保険などしていても気休め程度だと思います。
俺は風俗業を立ち上げ
仕事をプライベートと両立できるようにしました。
自分が風俗業を立ち上げ時間をつくり何時も母を看病でき資金力もサラリーマンの10倍?近くはあったと思います。
治療だろうが入院だろうが母の必要だと思うものはなんだって揃えました。
母ができなかった贅沢も散々させました。
しかし今思うとこれで善かったのかと疑問に思います。
しかし1回の入院費用は
60万近く
ウィークリーの抗がん剤治療は4万近くと
その他内服薬と
月に最低30万は治療にかかる計算でした。
この時
医療制度、治療方針、判断。
すべて金で解決しようとしている自分がいたような気がします。
母も俺も本当の病気の怖さがまだわかっていませんでした。
