もう前に進んでるので忘れるべきなんですが
ブログは忘備録としても書いてるし
もしかしたら同じような事で苦しんでいる方もいてるかもしれないので忘れる前に書いとこうと思います
2023.8に入院治療を開始したのですが
僕は52才だったので勿論普通に仕事をしていたので会社に伝えました
すぐには休めなかったので大阪市内〜岐阜への配達(勤先は大阪にある工場で僕は出荷係 大型タンクローリーの運転を主にしていました)を済ませ、会社の皆に「迷惑かけるけど後の事頼むな」と声をかけて職場を後にしました
この時までは直属の上司は普通でした
月に1回は様子を知らせるのが当たり前と思っていた僕は定期的に上司に電話してたんですが入院開始後最初の電話で上司は「お前の病気は10万人に5人の確率らしいな お前はもう仕事無理なん違うか?」と言うので
僕は「いや寛解したら戻れると思うので待って下さい」と言いました
上司は「寛解ってなんや?」
僕「身体が元の良い状態になる事です
」心の中で馬鹿か?コイツ🤬
とにかく当時、僕の頭にあったのは仕事を失くしては家族が困るでした
2023.8から開始した治療 その後転院もして2024.9にやっと職場復帰しても良いと許可が出て
病院から喜んで貰えると上司に電話しました
「主治医から仕事戻っても大丈夫と言って貰えました10月1日から復帰したいと思っています」上司「え?そんな急に言われてもな 金要るんやったらとりあえず近くでバイトでも探したら?」僕「いや社長か顧問に話してみてください」上司「分かった少し待ってて」
このやり取りを横で聞いていた嫁は既に鬼の形相です 長年の付き合いですが
さすがに僕もこの上司には呆れました
小一時間後に電話があり「上に言ったら良かったなぁ!すぐ戻って来い言うてるで ホンマ良かったな10月から待ってるで」とさっきまでとは豹変した上司が言うのですが
僕の冷えた気持ちはさらに冷えました
実は社長にもタイミングを見ては電話していて
励ましの言葉を貰ってました
社長もがんサバイバーだから気持ちが分かるんです
とりあえずその場は一旦電話を切り、数日後に退職の意思を伝えました
どう考えてもこの上司からは復帰してもサポートを期待出来ないし
かといって配置転換してもらうより
以前から興味があったフォーリンフレンドリータクシー(訪日外国人向けのタクシー)のドライバーになる事の方が良いと思えたからです本当は定年後にと思ってました
僕は4年程前からオンラインで英会話を習っており入院中も外国人先生に相談に乗ってもらってました
驚いたことに先生の母親も多発性骨髄腫で亡くなっており、僕が「I got a canser it's name… multiple myeloma」と言うと先生は泣き崩れました
先生はFFタクシーなら
今まで学んだ英語を活かせるし工場や大型トラックみたいに重い物を持つ事も無いから良い選択だと思うと言ってくれました(と言っても今は片手で10キロ位持つのは大丈夫)
嫁は僕が治療開始した頃から
同じ意見で迷う事は何もありません
現在、2種免許取得、会社での研修が終わり
1人乗りのデビューが出来ました
がんサバイバーの方と良く笑いながら言うのですが
「人生ただでさえ生きていくのシンドいのに癌かかえながらやったらもっとやで!」
本当にがんばりまっしょい(多発性骨髄腫の患者向けの情報誌のタイトル)ですね!