アパ.助には英語は必要ないと思っていました。

以前、なにかで見た統計で世の成功している社長はすべて「話がうまい」ということらしく、
私と妻はアパ助が鈴木福くんのように自分のことをはっきり話せる子どもになるようにしたいと思っていました。
ゆえに英語は必要ないと思っていたわけです。

でも、最近ちょっと考えが変わって英語を始めることにしました。
理由は3つ

1.日本の経済が悪化する
アパ助が就職を考える20年後に日本経済が今より良くなっている可能性は皆無でしょう。
僕は親としてはさっさと増税でもなんでもして借金を返したらいいと思っているのですが、
世はそうでもないようです。
日本人がインドに出稼ぎに行く時代はもうすぐです。

2.多言語話者脳
言語を変換せずに多言語を話せる「脳の構え」は今しかできず、
仮に多言語の獲得に失敗しても右脳の活性にいいと思ったからです。

私もアメリカに留学していたのである程度英語を話せますが、
脳で翻訳するのがうまいだけですので、能力がどんどん落ちるのを感じます。
これは多言語脳とはいえません。

さらにアパ助は失敗をとても怖がる長男気質です。
その分、ものごとを習得するスピードは遅いと思います。
なにかを掘り下げるだけでなく、
他のチャンネルを広げることを今しないと近い将来行き詰まる感じがしました。

3.小学校低学年で目標を失う
今行っている保育園はかなりレベルが高いので、小学校にいけば少なくとも数年は天才です。
その分、この時期に授業や先生の話す内容には意味がなくなり、目標と学ぶ姿勢をなくしてしまうことが実は陰ながらすごく心配していました。
この時期は学んだ量よりも学ぶ姿勢のほうがはるかに大事です。
先生のいうことを全部スルーしても数年は100点を取れるようになってしまえば、
その後必ず先生や教育を馬鹿にし始めることじゃ間違いないでしょう。
そんな時期に英語がわからないという壁は彼にとってはいいハードルです。


と、そんなこんななわけで近所の英語教室に体験でいってみましたが、
根本的に私の考え方が違うなと感じました。
英語教室はやはり短期間の成果を示さないと親受けが悪いんでしょう。
「じゃあこの中から「青」のぼーるを持ってきて!」
「次はピンクだよ」といった感じで教えます。
これは左脳に情報を詰めるだけの教育です。

前述のとおり、目的は多言語脳ですので、これは僕にとっては記憶量を増やすだけの教育にはあまり意味がない教育です。
要は日本語でも英語でも捉えることで想像力が倍に増えるような教育が私の理想です。
英単語を覚えることはどうでもいいです。
言い方を変えると10語を1時間で教えて覚えることが大事なのではなく、
1000語を1万時間でイメージできることのほうが価値があると思ってます。

そんなわけでアパ助には好きそうな英語の歌やアパ助が愛してやまない働く車を使って、
30分くらいに集約される歌やフレーズを厳選して、それを何度も繰り返して覚えさせる方法で教えようと考えました。
これから何百回と同じものを聞かせることになるでしょう。
それでも楽しい!聞きたい!+歌いたい!と思えるような厳選したものを用意できるのは私しかできません。
環境は私が造り、アパ助はそこで快適に楽しく過ごすだけで身についてくれることが私の教育の理想です。
私がサボってはいられません。

てことで、今日自分が作ったカードをアパ助に見せました。
予想以上に発狂するほど喜んで、今日は同じ歌を30回以上歌ってくれとせがまれました。
もっと見たい!もっと聞きたい!って思ってくれている姿を見ると嬉しくてたまらなくなります。

そんな方法の具体的な話は次回から。