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今日は 父の病院受診の日


急きょ 仕事を休んで 付添いしました。


大学病院  広~ぃ 広い!



81歳の 叔母ちゃんと 75歳のじいちゃんを連れて


歩く  歩く    のそ のそ。。



 迷路だ~



仕事 休んで よかったぁ~


父の問診検査して


唾液の検査 血液検査をして。。

(採血されたのに 採血されたことも忘れてしまってましたが。。)


私達介護者のストレスチェックをされて~


終了!


思ったより スムーズな流れ よかったね~



帰ろうとした時




父の携帯へ1本の電話が入りました


簡単な仕事の連絡だったのですが


父は 覚えられない。



「何じゃったかな?」


コールバックする。 2回も



3回目 その仕事関係の方へまた電話しようとするので


まって!  まって!


止めるけど いう事を聞いてくれない。



困ったので 携帯を隠したら  イラっとした様子で


抗議してくる父。  しれ~っと してたけど 粘る父



携帯を渡すやいなや 



 そうだ!お父さん



「確定申告しなきゃだよ お父さん」


「税務署行って 書類とってこなくちゃだよ!」


「税務署って場所がわからん どこか知ってる?おしえてくれる?」



「お~っ そうじゃ そうじゃった」



乗ってきた  話題替え 成功!



税務署に行って 書類もらったら 落ち着いた父でした。


私達にとっても 脳トレですね~


本当に 乗ってきてくれた時はうれしいです。


フフフフ




 




母の骨折から 次の日


昼前  温泉施設から 連絡が入った。


「昨日は すいませんでした。 どちらの病院に搬送されましたか?

症状はどうでしたか?」


と聞いてきたので


私の携帯番号 どうして 知ってらっしゃるんですか?


「お母様が 緊急連絡先に 記載されておりましたので」


緊急連絡先 わかってたんですね!


緊急連絡先って 今頃連絡してきて 全く緊急じゃないですよね


昨晩は バタバタして とにかく大変でした。



本当に 怒り心頭です。



頭にきていて もっと沢山 沢山言いたい事はありましたが

いいきれない!



「担当は、私ではないものが対応しまして。。。」



そんなの 知りませんよ


救急車には 親族しか乗れなかったものですから



何をいわれても 言い訳にしか聞こえない。。。。



 何十年も通いつづけているメデカルフィット

 母は 太り続けてトドみたい で痩せる気配もない


 とか


 健康をうたっているのに

 なんで 怪我せるのよ!!!

 70歳で 腰椎骨折させて 寝たきりまっしぐらじゃん!


私の生活にも かかってくる事 わかってんの?

と言いたかったけど 言えなかった。。



一方


父 


80歳過 の叔母が 


「かわいい弟じゃ 私が面倒をみる!」

と名乗りをあげてくれて 

つきっきりで 泊まり込みで 面倒をみてくれている。


外食もなくなり


規則正しい生活がはじまりました。



はじめは。。。


風呂に入ったら でてこない   寝てる~


10分おきに のぞくこと 2時間経過~


よし! 最終手段!



ピンポ~ン  


「お父さん お客さん! 早くお風呂から上がって!」


とか コントみたいな 生活からはじまりました。



 慣れない生活だけど 80歳の姉 頑張る!


 朝 昼 晩  ご飯もきっちり。 時間をきめて おやつ


 叱るときには 容赦なく 叱る


 父も素直に 苦笑いしながら ごまかす。  でも


 何度も 何度も 同じ事を繰り返し聞くので


  始めは おばちゃんもヘトヘトで  申し訳ないな~と思いつつ


 私もできることを 一緒に していくことにしました。



  次の週には、そのメディカルフィットの施設の系列に 介護施設がある

 との連絡が入り、父の面倒をみてくれる

 と言ってきてくれました。


 私は、仕事は休めないので、毎日でもみてほしかったのですが、

 80歳の姉が

 「週3 でいい。 あとは、私が!」


 と譲らないので 週3回 お願いすることにしました。


 そして 規則正しい生活が 始まって10日目。。



 あれ?! 


 そういえば お父さんからの着信 2月1日を最後に 1回も無い。


 すごい!


 叔母ちゃん すごいよ!


 そして 施設に通って 2回目


  お父さん テレビの録画が出来るようになった!


  劇的回復に  私は 運転中に 涙が出そうになった。



  おばちゃん  ありがとう!


  

  母が言っていた 徘徊も 全く無い。


  トイレの失敗も全く 無い。


  お風呂も ちゃんと 30分くらいで 自分で上がる。


 

  何だ?! これ。


  何? これ


  

   たまに 


   ズボンのチャックは空いてるよ~  


   と言うと


   「わ~ 全開かっ! 」 


  といって 笑って閉めることは あるけど


  今のところ 超 順調。



  これ もしかして 原因は。。。。



  明日は 父の病院受診日 


  先生との お話が楽しみです。






   





31日夜 母から


「温泉で イスにすわったら イスが壊れて おちて動けないから救急車ではこばれます。」


以上。




は?!   中途半端~っ!


母は 毎晩 毎晩 夜 どこかへ出かける 超自由人



介護が必要な父を放置し。。


帰宅は 午後10時をまわる


ご飯も 作り置き無。


私は 毎晩仕事帰りに必ず様子を見に行く日々が続いていました。


この日も 仕事帰りに 家に放置された父を車に乗せて


父の姉の家(叔母の家)で ご飯を作り さぁ食べましょ という時でした。



おばちゃんと


「どこの温泉よ?!」


「わからん。 言わんかった。」



心あたりのある温泉施設を 調べて 連絡するも 夜なので でない。



動けないし。。



毎日 毎日 口をすっぱくして  出かけるときは、行先を連絡するよう言い続けてきた。

 


全く いう事を聞き入れない母



平気で 父を放置して 朝から 日帰り旅行に行ったり 


その行動は 理解に苦しむ。




母の携帯は 家に置き去り


待つ 待つ  待つしかない



 すると 救急の方の携帯から 電話が入った


「○○病院へ搬送しました。」


 もう 放置してやろう と思う気持ちもありましたが


父と我が子を叔母に託し

こらえて 病院へ私一人で向かった。


 母は病院で 一人。


 病院の先生と看護師さん がついてくださっていました。

(温泉施設の人の付添いは無い)


 先生から


 「腰椎 圧迫骨折ですね。 2週間は入院ですね。」


 

 毛布施設のものだから 持って帰ってね

 と言われ

 私は サンタクロースのように デカイ ビニル袋にはいった毛布を担ぎ

 帰宅


 こうやって いきなり 父の介護生活がスタートしました。