佐太神社
島根県松江市鹿島町佐陀宮内73
TEL&FAX0852-82-0668
※午前8時30分~午後5時
2013.09.29.参拝
出雲国二ノ宮の神社です。
出雲の四大柱(杵築、熊野、能義、佐太)の1つだって。
瑞垣の中に本殿?が3つある、立派な神社でした。
こんもりした小さな山を背後にした神殿が、開けた土地に突如ぽっかり現れたって感じです。
↓右から北殿、正中殿、南殿。
ご祭神と紋はこんな感じ。
正中殿:扇の地紙
佐太大神(あるいは佐太御子大神)、伊弉諾尊、伊弉冉尊、速玉男命、事解男命の五柱。
北殿:輪違
天照大神及び瓊々杵尊の二柱。
南殿:二重亀甲
素盞嗚尊及び秘説四柱の計五柱。
いっぱい神様がいるんですな。
『出雲国風土記』秋鹿郡条に「佐太御子社」ってある(「佐太大社」という古い文献もあるとか?)、そこが現在の佐太神社(場所は移動してる模様)と比定されてるそうです。古いですな。
佐太御子社。……ならば素直に読むと、佐太大神の子。だから、正中殿のご祭神は佐太御子大神……なんだと思ったんだけど。
神社の公式HPでは、佐太大神がご祭神になっておる。誕生神話もすごく興味深いです。(出雲国風土記参照)
にしても、ご祭神が佐太大神か、佐太御子大神かではいろいろ違うんじゃまいか。とか。ね。
公式HPの由緒のページによると
《主祭神である佐太大神の「サダ」とは伊予國の佐田岬、大隅半島の佐多岬等の地名にみられる岬の意味で島根半島一円、いわゆる『狭田国(さだのくに)』の祖神であり、出雲國における最も尊く、古い大神のうちの一柱であります。》
となっていて、猿田彦と同一である、と現在は説明しているようです。
歴史的には、江戸時代に、「猿田彦の別名ってことで」って中央に言われても突っぱねてたそうなんで、本当は違うんじゃないの? とミステリー。
あと、南殿。
秘説四柱って、要するに秘密の4人の神様ってことっぽいんですけど。
……だーれーなーのーさー!!!![]()
なんで秘密なんだろうね。ね。ね。
ワクワクする……おら、ワクワクっすぞww
北殿についても、男社なんですよ、造りがね。
アマテラスのが偉い(という言い方は正しいの?)のではないのか。
アマテラスは女神というのが定説じゃないのか。
それとも男女一緒にいる場合は、男優先になるのか。
……こういうのって、どういうルールなんですかね。一般的に。
すんごい気になる。どっちだっていいじゃん、って思われるかもしれないけど、「男女の場合、男造優先」って決まってるんでなかったとしたら……ここの神社が、男社にした理由があるわけじゃないですか……。
ニニギノミコトのが重要だったのか、とか。だったら、由緒の書き順、名前が逆のがいいんじゃないのか、とか。
古い地図をあさりに行きたくなりますね。
古い資料もあさってみたくなりますね。ね。ね。
出雲の神社は、神楽がとても盛んで、神事でも大きなウェイトを占めるとよく聞きます。
オロチ退治の演目や、石見神楽の独特のハイビートなものなど、狭い特定地域で各種多岐にわたって、伝統的な演目が脈々と引き継がれている……と。
実際、あちこちの神社で神楽殿は立派なつくりをしていて、境内の目立つ場所にステージのように配置されていることがしばしば目に付きました。
とくにこの、四方ないし三方が吹き抜けの感じ?
佐太神社の佐陀神能という神楽の神事は、ユネスコの無形文化遺産にも登録されている神事だそうで、9月24日~25日に行われたばかりだった模様です。惜しかった。見てみたいです。
松江市観光サイト「佐陀神能」 説明ページ http://www.kankou-matsue.jp/m-miru/m-event/page10.html
ちなみに、神能をする御座替祭は、その名の通り、佐太神社内すべての社の「ゴザ(敷物のあれ。井草でできてるやつ)」を取り替える神事だそうです。
年に1度の簡易遷宮的な? このあたりは、井草・ゴザの名産地らしいです。
あと、「潮草」という厄落しの風習があるそうで。
写真撮影は遠慮しておきましたので、公式サイトの「潮草」のページ http://sadajinjya.jp/?m=wp&WID=10626 をご覧ください。
不幸があったら、海藻を採ってきて納めるそうです。
独特の潔斎や神事が残っているのって、本当に重要だなあって思います。
御朱印は改めてUPします。




