可能性とは良いことに使う言葉であると思います。


1人の可能性が在る国。


潜在能力、実現性。



「この集団勘違いの発端は◯◯君の可能性が高い。」とゆう使い方はおかしいと思う。パーセンテージを引き出されても困ります。


「可能」とゆう意味が全く伴ってないと思う。(犯人発見の実現性のことを言いたいのか?)


「性=性質」「良性/悪性」「可能=良性=可能性」だと思う。

「可能」とゆう言葉の意味を悪用している。

「陥れることも(が)可能になってしまう。」も誤解であると思う。

「陥れる」とゆうのは悪いこと。「可能」とゆう良い意味の言葉を使うのは「美人局」的な「詐欺」的な効果を生み出すと思います。

そこに気がつかないと、実際に陥れられてからでは遅くて言葉の通じない出口のない闇に葬られることになると思います。
被害者になるわけだ。
被害者心理とゆう特異な世界の住人になってしまう。