けど、今日が私の生まれた日。
電車の中でつらつら駄文◎
1人というのは五感が研ぎ澄まされるようで
いろんな事を思う。
思慕みたいなものから離れて
自分の中の揺らぎを感じる感覚なのかな。
触れて 離れて
触れて、離れて
記憶の中はいつも離れて終わる。
本質的な部分は何も変わってないことがわかった
"あの"感覚
温かさの中でこみ上げる痛みと滲んで止まらなくなった自分が私を越えて 手に負えなくて
記憶にある私がいた。
その自分ならきっと充実するだろう
悲しみは薄れるだろう
だけど それ離れて"いつか"があるもので
要は終わりがある。
哀しくて泣くことを思い出しても
慰めるものは反比例して喪ういつかがくる。
*
記憶の私を不器用に包んで外にいる私は
やはり不器用で
けど 他人は今までの私とは違う印象を受けているらしい。
きっと 生涯誰にも知られることなくひっそりと
そして私も私を見失うんだとおもう。
餓えを飢えと捉えて 食で満たしていた
現実を知って 無意味さに気づいて 手が止まった。
この瞬間は本当に一瞬で
渇きから きっとまた逃げたくなるんだろう。
無くなってしまう、何もかも
だから
その先に詰まっている言葉を見つけられないけれど
生きる中で"生きてる"
生きている。