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歴史というものは、すくなくとも30年たたないと意味が見えてこないだろう。後半の大澤の記述は、とても要約できないほど哲学的になり、「不可能性」の定義も内容もはっきりしない。
大澤は見田宗介の弟子であろう。見田社会学は、このところ何でもありという感じだ。
大澤は見田の戦後の時代区分:「理想の時代」(1945-60)、「夢の時代」(60-75)、「虚構の時代」(75-90)を少し変え、70年代を転換期として「理想の時代」から「虚構の時代」とみる。理想の対象は「アメリカ」が「天皇」に代わった。マイホーム、テレビが象徴的だ。虚構の時代のシンボルは東京ディズニーランドであり、村上春樹である。春樹の「羊をめぐる冒険」は三島由紀夫の「夏子の冒険」の、「1973年のピンボール」は大江の「万延元年のフットボール」のパロディだ。
さて 虚構の時代は95年頃に終わり、そのあたりから「不可能性の時代」に入っているというのが本書の主題だ。いまは「現実からの逃避」ではなく「現実への逃避」が行われているとする。シンボルはインターネットであり、携帯だ。
しかし歴史というものは、すくなくとも30年たたないと意味が見えてこないだろう。後半の大澤の記述は、とても要約できないほど哲学的になり、いろいろがんばって書いているのはわかるが「不可能性」の定義も内容もはっきりしない。
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書名:不可能性の時代
著者:大澤真幸
出版社:岩波書店
レビュアー: oha
本が好き! 1級
活字中毒ですが、最近はアルツ気味で、忘れないようにブログにメモしています。
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『不可能性の時代』の詳しい書籍情報
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