今回のガチャ。

外れなしとの前評判を聞き、

紹介状13枚分を使ってまわしたところ、

3枚目で慶誾尼、10枚目でなんと

クマーを引き当て、ガチでカンタンしました。

 

攻略動画はしばらくなさそうなので、

クマーについて少し語ってみたいと思います。

 

龍造寺隆信は肥前の一国人(町長レベル)から一代で、

大友氏、島津氏と肩を並べる大勢力を築き、

「肥前の熊」と称されました。

その勢力は、北九州5カ国に及び、壱岐・対馬も含め、

「五州二島の太守」と自ら号したほどです。

 

その戦略眼や不屈の精神は、卓越したものでしたが、

やがて自らの力を過信し、酒色におぼれ、家臣を疑い、

最期はなんともあっけなく死んでいく武将であります。

もちろん、ニマルの世界では死にましぇーーん!!!

けど。

 

1.裏切られ続けた若武者時代

龍造寺家は戦国大名の少弐冬尚に仕える被官でした。

しかし、隆信のお父ちゃんが謀反の疑いをかけられ、

一族郎党を主君に誅殺されてしまいます。

このとき、幼くして出家していた隆信は難を逃れ、

筑後・大友家の蒲池鑑盛のもとへと身を寄せます。

(注:悪次郎ではありません)

この蒲池鑑盛さん、漢気溢れる人です。

覚えておいて損なし。

隆信は蒲池家の力を借りて一族の恨みを晴らし、

龍造寺家を復興させることに成功します。

少弐家を追い出し、龍造寺家は下剋上を果たしますが、

このとき隆信はまだ分家筋でした。

 

しかし、本家筋であるおじさんがすぐ亡くなります。

そこで、隆信はその未亡人を娶って本家を継ぎます。

が、家臣の中には反発するものも多く、

隆信はまたも追い出されたりと苦難の連続でした。

 

2.不屈の精神と卓抜した戦術眼で肥前統一

そこで隆信は当時の大大名、

「西国に並ぶものなし」と称された、

周防の大内義隆を外交で引込み、

義隆の力をバックに不満分子を抑え込みました。

 

しかし、その義隆は陶晴賢に謀反されます。

(美少年で義隆の小姓から成り上りました)

 

そしてまたもや反対派が蜂起して、あわれ隆信は三度、

肥前の国を追われます。

このとき彼を救ったのは、またもや鑑盛さんでした。

漢気溢れるぜ。

 

その後、いよいよ豊後の雄・大友宗麟との決戦。

「九州の桶狭間」よろしく、大友家は大軍、

対し、寡兵の龍造寺家は籠城を選択しますが、

大軍で油断している大友家に対し、

いまが好機と夜襲を進言したのが、

龍造寺家臣にして隆信の義弟・鍋島直茂でした。

 

(両ver.とも、すでに特性餌となった直茂さん)

 

そして、なおも渋る隆信に対して、

「おどりゃあああああ!!!

 なにタマ〇ンのこんまいこと抜かしとるんじゃ!

 われの義弟が言うとる通りに、

 はよ夜襲かけんかいゴルァぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

と尻を叩いたのが、隆信の実母・慶誾尼ちゃんでした。

(本人の申し出により、顔出しNG)

この慶誾ちゃん、なんとも豪胆なオナゴでして、

鍋島家の嫡男・直茂の才気を見抜き、

未亡人よろしく鍋島家に押しかけ、再婚し、

龍造寺家とは縁戚関係とし、

直茂を、隆信を支える忠臣に据えさせました。

げに恐ろしいオナゴじゃ。

こうして大友家との戦いに勝利し、

龍造寺家当主・隆信は悲願の肥後統一を果たします。

 

3.酒色、驕り。冷酷さが招いた破滅、沖田畷の戦い

ただ、ここからあとがいけなかった。

やがて隆信は酒色にふけるようになり、

諫める家臣などを次々と誅殺。

なんと、あれほど世話になった蒲池家の嫡男まで

処刑してしまいます。

(ちなみにこのとき鑑盛さんはすでにこの世になし)。

 

そして、かの沖田畷の戦い。

酒の飲みすぎですでに馬に乗れず、

輿に担がれて戦場に現れた隆信さん。

島津家に誘い込まれ、ぬかるんだ畷で包囲され、

輿担ぎは主君をほっぽり出して逃げてしまいます。

家臣に見放された隆信はここであっけなく首を切られ、

これにてジ・エンド。

 

とまあ、こんな感じの隆信さんの生涯ですが、

ニマルの世界では途中で改心し、

家臣を信じることで難局を切り抜けますね。

 

さて、クマーの育成方針ですが、

ひとつだけ決まっていることがございます。

それは、「固有の移植」。

 

実は、これまた紹介状9枚で当ててしまった道三さんに、

この特性はぴったしですわね。

毒ダメージは攻撃力に依存しますので、

この特性の武器防具の無欠効果は抜群。

 

とりあえず特性を伝承してから、考えることとしよう。