Wanin’Moon
今や当たり前のように報じられる虐待、殺人。
その原因は、ほぼ金銭トラブルからなる精神的殺人。
世の中誤解してる。
人生とは、不幸せを生き抜くものであり、幸せを求めるものでは無い。
不幸せを真剣に生きるこそが、困難を乗り越える覚悟が生まれるのではないだろうか?
幸せになりたいなど、瞬間的人間の欲でしか過ぎない。
幸せを望み過ぎた人間は、いつの間にか麻薬を吸ったような現象に陥り、欲に支配され、基準が解らなくなり、自分は悲劇の一人という錯覚に陥る。
そして罪のない人や子供に悲惨な結果をもたらす。
"隣の芝生は良く見える"現象からなる、悪の根源。
良く子供の頃、親に言われた。
"人は人、自分は自分"と・・・
そこに生まれるイマジネーション能力。
自分に甘いフィールドから傍観する連中は、悪条件の中、寂しさや悔しさを噛みしめ、懸命に生き、その都度自分を直視し、一歩づつ前に向かって行っている人間をバカにしがち。
そんな連中が自分さえよけりゃいいと殺人をも犯す。
懸命に生きている人間こそ、美しいものです。
忘れないでほしい。
"生きる"という意味を考える事、それは確実に人間であるという証拠・・・
そう、月はいつもあなたを見ているから・・・
その原因は、ほぼ金銭トラブルからなる精神的殺人。
世の中誤解してる。
人生とは、不幸せを生き抜くものであり、幸せを求めるものでは無い。
不幸せを真剣に生きるこそが、困難を乗り越える覚悟が生まれるのではないだろうか?
幸せになりたいなど、瞬間的人間の欲でしか過ぎない。
幸せを望み過ぎた人間は、いつの間にか麻薬を吸ったような現象に陥り、欲に支配され、基準が解らなくなり、自分は悲劇の一人という錯覚に陥る。
そして罪のない人や子供に悲惨な結果をもたらす。
"隣の芝生は良く見える"現象からなる、悪の根源。
良く子供の頃、親に言われた。
"人は人、自分は自分"と・・・
そこに生まれるイマジネーション能力。
自分に甘いフィールドから傍観する連中は、悪条件の中、寂しさや悔しさを噛みしめ、懸命に生き、その都度自分を直視し、一歩づつ前に向かって行っている人間をバカにしがち。
そんな連中が自分さえよけりゃいいと殺人をも犯す。
懸命に生きている人間こそ、美しいものです。
忘れないでほしい。
"生きる"という意味を考える事、それは確実に人間であるという証拠・・・
そう、月はいつもあなたを見ているから・・・
FコートNo,001
今日のカルチャー道があるのも、やはりケンニィー組あってこその事でしょう。
ケンニィー組一期生、会員No,001、通称Fコート世代として、あらゆるジャンルが飛び交い、模索し、開拓し、学ぶ、そしてジャンルの壁を乗り越え、互いがリスペクトしあう、そんな環境の元、夢中に学んだあの時代。
90年代初頭、いわき市カーナビーストリートにて。
情熱的に過ごしたティーン・エイジャーの頃、そう、あの時代を通過してなかったら、まさしくモンドの壁を越えられなかったに違いない。
やはりケンニィーに出逢ってから、脳ミソ、並びに見渡す景色が変わったのは、まさしく現実。
意識は全くしていなかったが、ダンス・ミュージックのカテゴリーを前提に、取っ掛かりケンニィー発、村☆泰に届いたそよ風の贈り物。
Deee-Lite~テイ・トウワ~ラブ・タンバリンズを経由してた俺にとっては、かなり思い出深い一枚。
アシッド・ジャズは、ピックアップ・リスニング止まりだった為、ファンクもジャズなのか?と模索した瞬間。
そう、やはりニュー・カルチャーが押し寄せた時代、リバイバルムーブメントが前だとするならば、やはり後はサンプリング時代に突入。
バンド系能を持つヒップホップグループ、ザ・ルーツ、ライブ・ヒューマン、ステッツァソニックのようなのが支流だと思っていたが、打ち込み、サンプリングが次世代を補う主食になり、当時サッパリ見分けがつかず、尚且つ理解不能と脳ミソがシャッフルされた。
そんな中、直球サンプリングといわんばかりのグループをまたもやケンニィーから届いた。
そしてエサ箱を漁りに、俗にいうネタ堀り(逆ネタ堀りか)と題して、サティーのレコード市に足を運んだ。
その時、初めてクインシー・ジョーンズ/ソウル・ボサノバがネタだったんだよと、ケンニィーから教えてもらい、とてつもない変な汗をかいた。
それからというもの、和洋折衷、色んな角度からエサ箱を漁り、そしてまた漁り・・・
"100円あったら、マックよりレコード"を合言葉に、とにかくレコードジャンキー道。
そして気がつくと、全ては"ジャズ"に繋がっていたのであります。
そう、全ての発信源は、やはりケンニィーにアリ。
ケンニィー組一期生、会員No,001、通称Fコート世代として、あらゆるジャンルが飛び交い、模索し、開拓し、学ぶ、そしてジャンルの壁を乗り越え、互いがリスペクトしあう、そんな環境の元、夢中に学んだあの時代。
90年代初頭、いわき市カーナビーストリートにて。
情熱的に過ごしたティーン・エイジャーの頃、そう、あの時代を通過してなかったら、まさしくモンドの壁を越えられなかったに違いない。
やはりケンニィーに出逢ってから、脳ミソ、並びに見渡す景色が変わったのは、まさしく現実。
意識は全くしていなかったが、ダンス・ミュージックのカテゴリーを前提に、取っ掛かりケンニィー発、村☆泰に届いたそよ風の贈り物。
Deee-Lite~テイ・トウワ~ラブ・タンバリンズを経由してた俺にとっては、かなり思い出深い一枚。
アシッド・ジャズは、ピックアップ・リスニング止まりだった為、ファンクもジャズなのか?と模索した瞬間。
そう、やはりニュー・カルチャーが押し寄せた時代、リバイバルムーブメントが前だとするならば、やはり後はサンプリング時代に突入。
バンド系能を持つヒップホップグループ、ザ・ルーツ、ライブ・ヒューマン、ステッツァソニックのようなのが支流だと思っていたが、打ち込み、サンプリングが次世代を補う主食になり、当時サッパリ見分けがつかず、尚且つ理解不能と脳ミソがシャッフルされた。
そんな中、直球サンプリングといわんばかりのグループをまたもやケンニィーから届いた。
そしてエサ箱を漁りに、俗にいうネタ堀り(逆ネタ堀りか)と題して、サティーのレコード市に足を運んだ。
その時、初めてクインシー・ジョーンズ/ソウル・ボサノバがネタだったんだよと、ケンニィーから教えてもらい、とてつもない変な汗をかいた。
それからというもの、和洋折衷、色んな角度からエサ箱を漁り、そしてまた漁り・・・
"100円あったら、マックよりレコード"を合言葉に、とにかくレコードジャンキー道。
そして気がつくと、全ては"ジャズ"に繋がっていたのであります。
そう、全ての発信源は、やはりケンニィーにアリ。



